第一幕 開幕

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ギリギリで7時20分発のバスへ乗り込んだ。 通勤中のサラリーマンや学校へ向かう制服をきた学生等で込み合っている。 みんな厚手の上着をきているからだろうか、ギュウギュウ詰めのような感覚を覚える。 乗車口へ背を向ける形ですぐ近くのつり革へ捕まった。 「ソウスケ今日お父さんの見舞いに行く日だよな。 お父さん元気か?」 「まぁね。チョコでも買っていったら喜ぶかな?」 ハハッと口元に笑みを浮かべる。 上手く笑えているだろうか。 僕の父さんは1年半ほど前から入院をしている。 日に日に会話もままならなくなり、いまでは寝たきりの状態だ。 週に一度必ずお見舞いに行くが、僕が近況報告を独りでに話し、終わる。 心配をかけたくなくて… いや、みんなの頼れる町内会長だった父さんがそんな状態なのを知られたくなくて、 カイトには入院してるが「元気だよ」と伝えている。 話を逸らしたく、ふとバスの中を見渡した。 僕の右手の奥には運転席があり、その手前に縦並びの座席がある。 通勤中のスーツを着た30代から50代のサラリーマンや、同じく通勤中であろうOLの女性等がいる。 少し振り返る形でその隣を見ると、横並びに設置された座席に、女子高生が3人並んでいて、携帯を見せ合いながら和気藹々とお喋りをしている。 後方の座席へ目を向けた。 僕より後ろは全て縦並びの座席になっている。 男子高校生、女子高校生、サラリーマン、OL。 その中には、例の彼女も混ざっていた。 僕のすぐ近くの座席横に立っていたが、混んでいたこともあり見渡すまで気がつかなかった。 彼女も学校まではこの路線のバスを途中まで使っているようだが、時間が被るのは今日が初めてかもしれない。 (きっと僕たちより先に乗車したのだろう。) 突然グッと服を掴まれた。 「おい、あの子だろ。お前の好きな子!」 カイトは少し興奮したように俺の制服を引っ張りながら小声でそう言った。 「やめろよっ」 僕は少し顔を赤らめながらカイトの手を振りほどく。 居心地が悪くまた目線を泳がせた。 また少し振り返る形で、今度はバス後方へ目を向ける。 そこで、この寒い季節に似合わない格好をしている男性を見つけた。 黒いキャップを深く被り、黒の薄手のパーカーを身にまとった、白いマスクをした男。 そんな彼のキャップとマスクの隙間から見える眼光が、僕をじっと捉えている気がした。 逃げるように向かいにある窓の外へ目をやる。 走る景色。 何処と無く気持ちを急かされるような、そんな気がした。
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