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「この虫けらのような軍勢に討たれては何にもなりませぬ。私めが時間を稼ぎます。矢もまだ七、八本残っておりますゆえ、さっさと粟津の松原に行きご自害なされませ」
兼平は討死ではなく、自害を勧めた。
義仲が渋っている内に味方が二騎討ち落とされてしまい、残りは義仲、兼平、巴と合わせて五騎。
「兄上、埒が明きませぬ。私が義仲様を粟津の松原へお連れいたします。必ずや、尊きご自害を見届けるので、時間を稼いではくれませぬか」
「もちろんじゃ」
「いかん。巴はおなご。ゆったであろう。さっさと兜や鎧を脱ぎ捨てて立ち去るがよい。わしが恥ずかしゅうてならぬわ」
「義仲様のご自害を見届けてからでも遅くはないでしょう。当主たるもの、手本になるような尊きご自害を巴にお見せ下さいませ。兄上、参りますぞ!」
「うむ、確かに頼んだぞ!」
まだまだ渋る義仲の馬の尻から、追い立てるように粟津の松原を目指す巴。義仲も仕方なく馬を走らせた。
「巴、お前には迷惑をかけたなあ。頼りない当主で」
「滅相もございません」
「何をやってもいたらぬ身ゆえ。兼平には剣術でかなわない、兼光にも馬術や戦術ではかなわない。巴には体の大きさでも腕力でも弓でもかなわぬ。何の取り柄もない、目立たぬ当主じゃ」
追っ手が巴の馬の横に並ぶが、巴は両腕を素早く伸ばし敵の首を締め上げ、ポキッと一瞬でへし折ってしまう。刀を使うまでもなかった。
「目立たぬくらいがちょうどよいのです。出ればすぐに討たれましょう。そのために優秀な巴たちがいるのです」
「ふっ、馬鹿にしおって」
義仲は何かを思い出しているかのように遠くを眺めながら微笑んだ。義仲を横目に、巴は追手の様子をうかがう。
「……いけませぬな」
「どうした?」
「数が多すぎます。ご自害なされる時間がないやもしれませぬ」
「なるほど、致し方ない。今すぐわしを殺せ」
「……は?」
巴は馬上で一瞬固まる。
「それが早かろう」
「早いとは申しましても」
「もたもたしておったら自害の前に殺されてしまうであろう。お前が確実にわしを殺し、死んだら兼平の元へ届けてはくれまいか」
「最初からそのつもりにございます。しかし私が手をかけてよいものか……」
義仲は馬の腹を蹴りさらに走らせた。巴も後を追う。
「よい。あのような虫けらどもに殺されるより、わしは巴に殺されたい。そして兼平の元に帰りたいのじゃ」
「……承知いたしました。痛くないよう、一思いに刺しまする」
「よいよい、痛くてもよい」
義仲はそう言いながらも、鎧をくいっと上げてすき間を差し出すようにして見せた。
「いざ!」
巴が大太刀を曲芸のように素早く振り上げる姿は、物語の主人公のように仰々しく、同時に麗しく尊いものだった。
一瞬意識を失い、馬から落ちそうになる義仲の体をしっかりと抱きかかえると、自らの馬に乗せぐるっと大回りして兼平のいる場所を目指す。まだ生きていることを願うばかりだが時間的には危うい。
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