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宇宙蛸
「熱のせいで変な夢でも見てたんじゃない?」
あくる日、ポートフォリオと書かれていたノートについて母に尋ねると、そんな風に答えられた。ノートそのものも、その日以来見たことがない。母に10億円のことを尋ねても、やっぱり夢を見ていたんだと笑われ、以来、俺もその一件についてはいつの間にか忘れてしまっていた。
2年が経って、我が家は相変わらず同じ借家に住んでいた。
父は仕事に通い、母は図書館のパートを続け、俺は中学を卒業し、近所の公立高校に通うようになった。
ところがそんなある日、母は長く勤めていた図書館を辞めた。
そして、その3日後、単身アメリカへ旅立ったのだ。
目的地は、ヒューストン。
そして、それから更に3か月が経って、父と俺にいつもとは違うアドレスから母のメールが届いた。
お父さん、太一、お元気ですか?
お母さんは元気です
今ね、宇宙ステーションからやっと日本が見えたのよ
ずっと雲の下だったんだけどね 晴れたのね よかった
それで、なつかしいな、って思って、メールしました
宇宙旅行は快適です
地球きれい 写真いっぱい撮ったからね
帰ったら一緒に見ようね
そうそう言い忘れてた ずっと言わなくちゃって思ってた
ほら お母さんがよく行くスーパー
安松の特売日は木曜ね 私水曜って言っちゃってたかも
あそこは木曜日に行ってね 全然違うんだから
それから あ あのね
きのう宇宙蛸見たわよ 宇宙蛸
ふわーんって、火星の方から泳いできてね かわいい
宇宙にはいろんな生き物いるのねえ
何なんだよ、宇宙蛸って。
好きにやってんな。
宇宙に行っても、お母さんはやっぱりお母さんのままらしい。
メールに添付されていたのは、宇宙ステーションの様々な国からのクルー4人とのにこやかな集合写真だった。
彼らの色違いのTシャツの胸には、みんなお揃いの日本語の漢字。
緊急
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