7人が本棚に入れています
本棚に追加
3
強い日差しとタバコの匂いで目を覚ました。
規則正しい寝息が聞こえる。至近距離には、洋くんの寝顔。
あれっ?どうして、一緒に寝てるんだっけ?
頭をフル回転させ、記憶を巻き戻す。
〝私も一緒に布団で寝ていい?〟
カァッと顔が熱くなった。
やだ!私、何であんな事!恥ずかしい!
立ち上がり、こっそり布団を出て洗面所で顔をバシャバシャ洗った。
そして、冷蔵庫を開けて今日のお弁当を作り始めた。あの後の記憶がない……疲れていたのか、知らない内に深い眠りに就いていた気がするけど。卵焼きをぐるぐるしながら、記憶を巡らす。キスをしたのは覚えている。あー、思い出せない!
「おはよー詩さん」
「ひゃっ!あ、おはよ、洋くん」
「もうすぐ朝ごはん出来るから、先に顔洗ってきて」
「うん」
「いただきます」
「いただきます」
洋くん普通にしてる。きっと、何にもなかったんだよね。きっと……
「気持ち良かった」
「へ?」
持っていた茶碗を落としそうになった。
「詩さん、抱き枕みたいで温かくて心地良かった」
「え?あ、そ、そう?良かった〜」
び、びっくりした……心臓がばくばくする。
はぁ、そう言う事ね。そっか。
「お弁当、もうすぐ出来るから髭剃ってきてね。さぁ、代官山にお出かけするよ」
「うん」
アパートから駅までは徒歩3分。
洋くんがお弁当を持ってくれて、手を繋ぎながら歩き出した。久しぶりのデートだ。右隣の洋くんは、前髪が目を隠しそうなぐらい長い。また、切ってあげなきゃな。
代官山はオシャレな街だった。彼の服を選んだり、お洒落なカフェに入ったり、私も久々のショッピングを楽しんだ。公園に着くと、ベンチに座ってお弁当を広げた。
卵焼きに唐揚げ、昨日の厚揚げの煮物、稲荷など。洋くんは美味しそうに、口いっぱいに頬張っている。
「詩さん!鳩だよ、見て!」
「あ、本当だ!首の色、みんなエメラルドグリーンだね」
鳩なんて久しぶりに見た気がする。人に慣れているからか、近付いても逃げ出さない。肩に乗せている人もいる。電線に鳩がたくさん止まっていたが、みんな同じ方向を見ていた。
「鳩ってみんな同じ方向を見ているんです。知ってました?」
「知らなかった。どうして?」
「逆風を浴びてるんです」
「逆風?」
「毛並みが乱れない様にしてるんです。すごいですよね。人間だと逆風なんて浴びたくないのに」
「ふぅ〜ん」
同じ方向を見ている鳩たちを見つめた。普通、人間だったら嫌な事から逃げたいはず。私もそうだ。踏み出したい事があるのに、洋くんには言えないでいる。それはきっと、彼が好きで離れたくないからだ。
いつ言おうか、どうしよう……。
「そろそろ行きましょう」
「うん」
差し出された手のひらに手を伸ばす。
やっぱり、離れるなんて無理。この先もずっと、洋くんと一緒に居たいから。
彼は私との将来をどう思っているのだろうか。
私はあの事が言えないまま、オレンジ色の空を背に歩き出した。
最初のコメントを投稿しよう!