7人が本棚に入れています
本棚に追加
5
「離して!」
何この男、怖い!痛い、痛い……助けて。助けて、洋くん!
「詩さんを離して下さい」
この声……
洋くんが助けに来てくれた!
男の腕を掴んで、今まで見た事がない怖い顔をしている。涙が溢れる。これで何度目だろうか、彼に助けてもらうのは。勝手に出て行って、また迷惑をかけて……何してるんだろう。
「痛え、わかったよ」
そう言って、男は帰って行った。
「詩さん。すいません。僕が手紙なんか置いていて。僕は詩さんが好きです。あの手紙は捨てるタイミングというか…」
好きって言ってくれるのは嬉しいのに……何だろう。自分が情けなくて、醜くて嫌になる。私は思わず、洋くんにしがみついた。
「洋くん、いつもありがとう。ごめんなさい……」
迷惑かける自分が嫌いだ。涙が止まらない。
「部屋に帰りましょう」
洋くんの太い腕が、肩に回ってギュッと抱き寄せられた。ゆっくり合わせてくれる歩幅。彼の優しさにずっと甘えていたいのに。自分がもっと、もっと、嫌いになる。
部屋に帰ってくると、洋くんがタオルで頬を拭ってくれた。そして、陽だまりの様なぬくもりで包み込んでくれた。
「詩さんが本当に大切だから、手を出さなかったんです。本当に大好きな人だから。でも……」
私は顔を上げて洋くんの顔を見つめた。
「詩さんを……抱いてもいいですか?」
「うん、いいよ……」
あったかい。
洋くんの体温。
こんなに温かくて
こんなに優しかったんだ。
私を呼ぶ声が聞こえる。
洋くん、大好きだよ。
いつも嫉妬ばかりしてごめんなさい。
こんな嫌な自分、きっといつか、洋くんに嫌われる。
嫌われる前に居なくなろう。
この幸せな夜が、幸せな時間が、溶けてなくなったら……
朝が来たら、さよならしよう。
カーテンから覗く夏の朝日。
大好きな人の髪を撫でる。たくさん伸びた髪。切ってあげられなかったな。
荷物は送ってもらえばいい。ごめんね、いつも自分勝手ばっかして。洋くんと一緒に暮らせて幸せだったよ。今までの人生の中で、1番ってぐらい幸せに満たされた時間だったよ。
ありがとう。
私はここを出ていく。
布団を剥いでベッドから出ようとした時、バッと腕を掴まれた。
「洋くん?」
「詩さん、どこ行くの?」
「ここを出ていくの。ごめんね……」
「僕も大阪に行ってもいい?」
「……え?」
「詩さん、結婚しよう」
最初のコメントを投稿しよう!