7人が本棚に入れています
本棚に追加
最終話
〝結婚しよう〟
頭の中で、何度もこだまする。
え?夢なのかな?これは都合のいい夢?
私は頬を思いきりつねる。
めっちゃ、痛い。
自然と涙粒が溢れ出す。洋くんの太い指が涙を拭い、頭をふわりと撫でてくれた。上半身の筋肉がキラキラしてる。今日の筋肉たちはより一層、カッコいい。そして、私を見つめる眼差しは陽だまりみたいに優しい。
「う、嘘じゃ、ないよね?本当に、私なんかで……いいのかな?」
「詩さんじゃないとだめなんだ。詩さんだから結婚したい」
「あのね、また今日みたいに嫉妬しちゃうし、また迷惑をかけると思うんだ。それでもまた助けてくれる?」
「嫉妬をする詩さんも好き、可愛い。僕、ちゃんと仕事探すから。それで、詩さんを一生守れるような男になる」
洋くんの瞳は真っ直ぐに私を見つめている。彼が変わろうとしているのが伝わってくる。私も嫌な自分から変わろうとしなくちゃだめだ。
「詩さん、返事は?」
答えなんて一つしかないよ。
「はい。私で良ければ」
私は下着姿のまま、洋くんに抱きついた。やっぱり、あったかいな。
しまった、まだ下着だったんだ。明るくなった部屋で丸見えだった事に気付き、恥ずかしくなって赤面した。
「とりあえず、服着て朝ごはんにしよっか?」
「うん」
***
「詩さーん!もう荷物ない?」
洋くんがアパートの下から私に問いかける。
私は慌てて、残っていた段ボールを持って階段を下りようとしたが……
やっぱり、ドジだった。
段ボールごと階段から転げた。
降ってきた私を洋くんはまたナイスキャッチ!
「大丈夫?詩さん」
何回目だ?この王子様がいなかったから、もう二度も死んでると思う。命の恩人だ。
「ありがとう」
秋風が、さっぱりした洋くんの黒髪を揺らす。
タバコの匂いと同じシャンプーの匂いが混じる。
初めて洋くんの髪を切った時は、まさか付き合って、同棲して、結婚を約束するなんて思ってもみなかった。
恋人ごっこから始まった恋。
私たちは並んで見渡した。空っぽになった思い出の詰まった部屋を。住み慣れたアパートを。
私たちはその部屋に手を振る。大切な思い出はこの胸のアルバムに仕舞い込んで、これから新しい場所での思い出を作っていくんだ。
二人ならきっと、大丈夫。
握り締めた手のひらに力を込め、この部屋で最後の口付けを交わした。
そして、隣人の花岡さんに挨拶をしアパートを後にした。
私の車で大阪へ向かう。
新しいアパートに二人で暮らす。
そして、私は新しい美容院で働く。洋くんはスーツを着て働きに出る。今は便利な世の中で、スマホで小説を手軽に投稿できるサイトがあるらしい。色々なコンテストとかがあるからまた書かなきゃ、と洋くんは言っていた。まだ小説は諦めてないみたいだ。頑張って欲しい。
これからの生活は幸せだけじゃない。きっと辛い事の方が多いかもしれない。でも、洋くんと手を取り合いながら頑張っていく。お互いの手のひらがシワシワになってしまっても、ずっと一緒に居たいって思うから。
さぁ、頑張ろう!愛する人と二人で。
新しい場所の、
同じ苗字になった、
同じ部屋の暮らしの中で——。
end
最初のコメントを投稿しよう!