壱 夜に閉じた心

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駅までの道を急ぐ。 この近くには朝顔市で有名な入谷鬼子母神がある。毎年七月の初めに三日間だけ毎年行われていたそのイベントは流行りの感染症の影響で昨年と今年は中止となった。東京の下町の夏が静かに過ぎていく。 僕は私立大学に通う為に青森から上京し、 大学からほど近い入谷の古いアパートに住んで この夏で六年目だ。 社会人になった初めての夏、暑いのでコンビニにアイスとビールを買いに行くついでに、朝顔市で一鉢だけ朝顔の鉢を買った。けれど平日は慣れない仕事に忙しくしている間に、休みの日は寝たり友人と出かけているうちにいつの間にか水やりを忘れ、ある朝みたら弦の先から枯れていた。以来、朝顔は買っていない。 「脇田君、おはよう」 朝のオフィスに行くと、 先輩の前川さんが声をかけてきた。 「おはようございます」 「あ、いい事あったでしょ?」 「はい?」 「今日は顔色良いじゃん?」 「…そうですかね」 僕はおしゃべり好きな前川さんが 好きな時と嫌いな時がある。 好きな時はプライベートな事を聞いてこない時。 嫌いな時はプライベートな事を根掘り葉掘り聞いてくる時だ。
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