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11-2 ピアノ
『地球 日本 東京 秋葉原』
と、トランスレータは表示している。
背の高い建物が立ち並ぶ。
人がたくさんいる場所。
帝都とは違った町並みだけど、
人の生きる熱気を感じるような街。
素敵な街。
トランスレータを使って人に話しかけてみる。
通じない…
話す言葉が違うみたいだ。
途方にくれる。
お腹空いたな。
美味しそうな食物の看板の前。
もちろんお店の名前は読めない。
うわっ!
お金…
持ってこなかった……。
ワクワクしすぎて、お金のことなんて考えもしなかった。
もう一度、ジャンプして取りに帰るかな…
ダメね。
帰った時点で、修学旅行は終了の決まりになってる。
どうしよう。
全然、知らない街。
私のこと知らない人ばかり。
急に寂しい気持ちになる。
泣きそう。
私のバカ。
浮かれすぎて、着替えも忘れてるし。
「どうしたの?」
トランスレータが反応する。
私と年が同じくらいの男の子。
声をトランスレータが帝国の公用語に変換してくる。
耳触りのいい男の子の声。
「旅行に来たのだけど、お金を持ってこなくて…
お腹すいたの。」
私の声も変換して、
地球の公用語に変換してくれる。
それを聞いて、
とても心配そうな男の子の顔。
「そっか…
わかった。
じゃ、ついて来て。」
ちょっと不安になって、
立ち止まってたら、
「心配しないで。
大丈夫だから。」
手を握られて引っ張られていく。
ジャンパーって、
帝国では、人と思われてない。
人ではなくなる。
物に近い扱いになる。
だから、男の子と二人きりになることはないし、
話したこともほとんどない。
学校は女子しかいないし。
男の子に手を握られるのって初めて…
なんだか胸がドキドキするのよ。
流れる街の景色。
ガラスに映る、私と男の子…
こんなの素敵すぎる。
心から暖かいものがあふれてくる。
これなの?
楽しいって気持ちは。
男の子は、人形みたいものがたくさん売っているビルに入る。
「今日、サイン会の仕事なんだ。
アニメのDVDが発売されたから、
小説も一緒に売ろう!みたいな、抱き合せ商売なんだけどね。
出版社には恩があるから…
仕事だからね。
お弁当、きっとあるから控室においで。」
私は男の子が食べるはずだったと思われる、
お弁当をいただこうと…
2本の棒で食べるようだけど、
使えない。
「ごめんね。
外国の人には箸は難しいよね。
フォークもらってくる。」
男の子はとても親切だ。
フォークって呼ばれるものを使って食べた、お弁当はとてもおいしかった。
「これ、
幕の内弁当って言うんだよ。
日本の伝統的な弁当って言ってもいいかな。
いろんなおかずが入ってて、彩りもいいでしょ。」
とてもキレイなお弁当。
「おいしいです。
ありがとう。」
「ううん。
いいんだよ。
お腹いっぱいなことは幸せなこと。
ところで、
泊まるところとか、大丈夫?」
「泊まるところないです。
野宿します。」
また心配顔になる男の子。
「ダメだよ。
危ないよ。
こんな美人の外国の女の子、野宿してたら、何かされちゃうよ。
姉ちゃんのアパートに今夜は泊まるんだけど、
おいでよ。
姉ちゃん、見た目は怖いけど、
親切だから、絶対に泊めてくれるよ。
だから、
おれの仕事が終わるまで控室で待ってて。
いい?
どこにも行っちゃダメだよ。」
「はい。
待ってます。」
机の上には、
小さなディスプレイがついた何かがある。
隣には箱に入った何か…
表には絵が。
「これ何?」
「アニメのDVDボックスだよ。」
照れくさそうに言う男の子。
「これ、みたい。」
「うん。
わかった。
じゃ、アニメみながら待ってて。」
男の子はディスクをプレーヤーと呼ばれる物に入れて蓋をした。
「ここを押すと、蓋が開いて、ディスクを入れ替えられる…
そして、ここを押すと再生。ね。」
とても簡単な操作の機械だから、
なんとなくわかった。
「5枚あるけど、
順番に置いておくから。
順番にみていって。」
男の子は忙しそうに部屋から出てて行った。
男の子は若いのに仕事してるんだ。
関心した。
静かになった控室と言う部屋。
そうだ。
アニメーション!
これ、アニメーションっていうものでしょ。
わー。
楽しみ。
みてみた。
言葉はわからなかったけど、
物語の内容はなんとなくわかった。
すごく面白い。
心がワクワクする。
泣いたり笑ったり…
こんな面白い物語って帝国探しても、絶対にない。
言葉がわかったら、もっと面白いんだろうな。
あっという間に全話見終わってしまった。
どのくらい時間が経ったんだろう。
これ、欲しいな。
帰ってもみられるかな?
男の子が帰ってきた。
「まだいてくれたんだね。
よかった。
心配だったんだよ。」
にっこりほほえむ男の子…。
胸がキュンってなる。
何?これ。
胸が…どうしたんだろう。
「これとこれ、欲しい。」
私はプレーヤーとDVDボックスを指差す。
「これは、主催者が用意したものだから…
面白かったのかな?」
「うん。
すごくすごく面白くて楽しかった。」
「おれもうれしいよ。
ありがとう。
もらえるか、
聞いてみる。」
なんで男の子がうれしいんだろう?
男の子もこの物語、好きなのかな?
もらえるのかな…
もらえたらいいな。
でも、
何も返すものがない。
どうしよう。
しばらくして、走って戻ってきた男の子。
「いいって。
君にあげるよ。
それと、英和辞典と和英辞典も買ってきた。
これで日本語、ちょっとはわかるようになるといいけど。
それと…
この物語の小説も…
作者のサイン入りだよ。
もらってくれるかな?」
すごいうれしいな。
涙が出てくる。
うれしいと涙が出るんだ。
悲しい涙と違う涙。
初めてのうれしい涙。
「どうしたの?
大丈夫?」
心配そうな男の子の頬にキスをした。
これしか返せるものがない。
「ありがとうね。」
男の子は照れくさそうに笑ってる。
男の子の仕事先から向かったのはアパートと呼ばれてる集合住宅。
「姉ちゃん。開けて。」
「トモヤ…遅かったな。
料理冷めちまっただろ。」
ドアを開けて出てきたのは、
背の高い美人。
男の子…
トモヤって名前なんだ。
トモヤって言葉を何度も大切な言葉のように繰り返して唱える。
「どうした?
その外人さんは…」
いつものことなのかな?
あんまりびっくりしてない、お姉さん。
「旅行で来たんだけど、財布を失くしちゃったみたいなんだ。
翻訳機は英語なら翻訳するけど、
日本語はダメみたい。
姉ちゃんも英語で話してよ。」
「わかったよ。
そういうことか。
そりゃ不安になるな。
よく助けた。
やっぱり私の弟だ。」
って、
背中を強めに叩いた。
「いたいって。
バカ!
バカ姉、
バカ力!」
「で、
名前は?」
「わかんない。聞いてない。」
「あ?
トモヤはアホな子なのか?
女の子の名前聞かずに、
『君』とか、言ってたろ?
女の子は一人一人、ちゃんと名前があるって言ったろ?
ちゃんと聞いて名前を覚えろ。」
お姉さん、すごく優しそうな目をして。
「名前は?
あたしはマイコ。
こいつは弟のトモヤ。」
「私は…ピアノ。」
「ピアノちゃんか…
いい名前だ。
自分の家にいるつもりで、
あたしのことは姉ちゃんだと思ってくれ。
遠慮したらダメだぞ。
遠慮は嫌いだ。
遠慮されたら泣く。
だから、よろしく頼む。」
「姉ちゃん泣くと、
すごくやっかいだから、
ピアノちゃん、
ホント、遠慮しなくていいからね。
家族だと思っていいから。」
二人はとても優しい人だ。
地球の人はこんなに優しい人ばかりなのかな?
それからの一週間、
私はお姉さんの部屋にいた。
お姉さんの料理はとてもおいしかった。
私も手伝ったり、
料理を作ったりした。
もちろん、
トモヤもいた。
トモヤはいつも千葉の鴨川ってちょっと遠いところに住んでるんだって。
冬休みで学校が休みだから、泊りがけで仕事をしに来てるんだそう。
私はいろんなところへ行った。
3人の時もあったし、
トモヤと二人の時もあった。
楽しかった。
トモヤは小さい頃、お父さんの仕事の関係でアメリカという国に住んでいて、それで英語を覚えたんだって。
トモヤが英語を話せてよかったと思う。
じゃなきゃ、
出会うことできなかった。
私は、
日本語もほんの少し覚えた。
英和と和英辞典の読み方も少しだけどわかってきた。
小説と呼ばれる物語をいつかは原文で読めるように…
絶対に読んでみる。
楽しすぎて、一週間はあっと言う間に過ぎて、
もう帰る日になった。
帰りたくない。
ここにいたい。
ずっとずっと。
お姉さんとトモヤは幸せの匂いがする。
幸せは?って聞かれたら、
二人のことだって言う。
「ピアノちゃん、
もう、帰る日だね。
妹ってこんな感じなんだな。
寂しくなる。」
お姉さんはいつもの元気がない。
私のこと、
そんな風に思ってくれていたんだ。
胸が苦しい。
悲しい。
でも、泣いたら、
お姉さん、泣いちゃいそうだから、
泣かない。
ことに決めた。
「お姉さん、
ありがとう。
楽しかった。
またきてもいいですか?」
日本語で言ってみた。
何も返せないから、
せめてのお返し。
お姉さん泣いちゃった。
「当たり前だよ。
家族だから、
いつでも帰っておいで。」
トモヤも泣いてるみたい。
そっぽ向いて。
「ピアノちゃん、
ありがとうね。
楽しい一週間だった。
小説、読んでくれたらいいな。」
「トモヤ…
小説って?」
お姉さんは不思議そうな顔をしてる。
「面白そうな小説あったから、ピアノちゃんにプレゼントしたんだよ。」
「そうか。
それはいい日本語の教科書になるな。」
「またね、
ピアノちゃん。」
トモヤは、心配そうな顔をしてる。
「また来るから…
トモヤまたね。」
私はドアを出て、すぐにジャンプした。
後で知ったのは、
あの物語を書いたのはトモヤだったこと。
表紙カバーの裏にトモヤの写真があった。
とてもびっくりしたけど、
なんとなく納得できた。
あの物語はトモヤの優しさでできてる物語だもの。
それと何度も日本へジャンプしたけど、
お姉さんのアパートへは行けなかった。
翻訳トランスレータが帰る時に壊れてしまって座標がわからないのと…
多分、私の行きたいって気持ちが強すぎるんだと思う。
日本へ行く度にトモヤを探した。
日本語も覚えた。
日本語でちゃんとお礼も言いたい。
それと日本語で小説を読めたお礼も言いたい。
会いたいなトモヤ。
私は、日本語を覚えたことと、
いろんな星へジャンプした経験をしたことを認められて、
姫殿下の教師になった。
全てお姉さんとトモヤのおかげ。
いつかちゃんとお返しをしたい。
再会したあの店で…
トモヤは私のことを全く覚えていなかった。
胸が痛んだ。
トモヤはきっといつも誰かを助けてきたんだろう。
たくさんの人を。
覚えていなくても仕方ないか…
それがトモヤだもん。
いいの。
私がおぼえていれば。
楽しいことを教えてくれた。
人は自由なんだって。
笑顔も涙も、
世界は素敵なことでたくさんあふれてることも、
トモヤは教えてくれた。
好き。
でも、
トモヤを幸せにするのは、
私じゃない。
それでいいの。
トモヤが幸せなら、
私はとても幸せ。
姫殿下にトモヤの小説を読んでもらったのは、
簡単に言うと布教活動。
トモヤの小説の感動を知ってほしかった。
姫殿下がトモヤに恋をするなんて…
そんな奇跡を想像することもなかった。
それはそれで…
いいのかな。
私はもう誰にも恋はしないだろう。
最初で最後の恋がトモヤでよかった。
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