13 マイコ

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13 マイコ

パリコレの控室。 モデルのなんとか… イネスだかアリスだか? ? 何て名前だっけ? まぁ、いいや。 日本びいきのモデルが… いつも思うけど、 フランス人はなんだか日本のことをよく知ってる。 あたしより知ってる。 日本のこと好きみたいだ。 どうしてだ? 「マイコ… トモヤの小説を読んだことある? とても面白いのよ。 日本でも有名な小説家なんでしょう?」 「あたしの弟はトモヤって名前だけど、 小説なんか書かないだろうし、 あたしは小説なんて読まないからわかんないよ。」 「あら… そうなの。」 イネスだかアリスは、聞いた人を間違えたって顔をしてる。 そう言えばトモヤは何の仕事をしてるんだ? 聞いたことないな。 あー、トモヤに会いたいな。 今は何をしてるんだろ? 電話すっかな。 多分、出ないだろうけど… 時差って何だっけ? 知らね。 トモヤに電話した。 しばらく呼出音が鳴って、 トモヤが出た。 「姉ちゃん、今、何時か知ってる?」 「こっちは夕方、5時だけど?」 「どこにいるの?」 「パリ。 パリコレに来てる。」 「あー。 姉ちゃん、 時差って知らないわけじゃないよね?」 「そのくらいのことは、知ってるぞ。」 「日本とフランスの時差は8時間なの。 こっちは8時間前に夕方5時だったんだ。」 「ほんとか… トモヤは未来にいるのか… やべーな。 大丈夫か? 戻って来れるのか?」 「そういう話じゃなくて… 姉ちゃんが日本に戻ってきたら、時間は戻るから大丈夫だよ。」 「今日は仕事は休みか?」 「そう。休み。 冒険物語の夢をみてたら起こされた。」 「だれだ? 起こしたのは? そんな面白い夢の途中で起こされるなんて…」 「姉ちゃんは、相変わらず元気だね。」 「おう!元気だそ。 お土産にエッフェル塔のでっかいの買ってくから楽しみにしとけ。」 「いいよ。 いらないよ。 (姉ちゃんのお土産は迷惑なものが多いんだよな) 姉ちゃんが無事に帰ってくるのがお土産でいいよ。」 「そっか。 わかった。 トモヤは自慢の弟だ。」 「おれは寝るよ。 仕事がんばって。」 「もちろんだ。 帰ったら、飲みに行こうか? 逃げるなよ。」 「はいはい。」 「『はい』は一回にしろ。」 「はい。 おやすみね。」 トモヤは離婚してから、あたしに会いたがらなくなった。 離婚の原因がトモヤにあると思ってるんだろうけど。 そんなことはない。 トモヤはいいヤツだ。 優しく強い。 アヤノちゃんはいい子だったけど、 トモヤの心の根っこをわかってなかったのかもな。 あたしがモデルになったのはトモヤの言葉のおかげだ。 モデルになってよかったのは、 ダーリンに出会えたこと。 あたしのことを理解できるのは、 父ちゃんとトモヤとダーリンくらいなものだ。 あたしは頭はよくない。 背がでっかい。 力が強い。 美人じゃない。 言葉も乱暴だ。 言いたいことを言っちまう。 全部がコンプレックス。 あたしの個性がコンプレックスなんだけど、 トモヤは、全然気にしない。 ダーリンは、そこがかわいいと言ってくれる。 父ちゃんは… 父ちゃんのことはいいや。 あたしはダーリンと知り合わなかったら、トモヤを溺愛してた。 トモヤをダメにしちゃうくらいに。 母さんが幼い頃に死んで、 あたしがトモヤの母さんにならなきゃって思った。 あたしは家事を必死に覚えた。 勉強なんかより大事なこと。 恋なんてしなかった。 あたしのこと好きになってくれる人もいなかったし。 あたしはトモヤが笑ってくれてることが一番うれしかった。 トモヤを守るには強くなること… たまたま隣に住んでたおばちゃんが… おばちゃんにおばちゃんって言うと、すげー怒るから、 お姉さんって呼ぶんだけどな。 とてもきれいなおばちゃんだった。 普段は、お淑やかなヤマトナデシコってやつだけど。 おばちゃんは関東を支配してたスケバンだった。 鴨川のキョーコって言ったら、全国のヤンキーなら誰もが知ってるって言ってた。 ダンナさんは、とても大人しそうな動物病院の先生だった。 ヤンキーと動物の医者… 猛獣と猛獣使いなのかな? キョーコおばちゃんは、ダンナさんにベタボレだった。 普通のおっさんに何の魅力があったのか… 今はわかる気がする。 人の魅力は心にあるって。 キョーコおばちゃんには色々と教えてもらった。 家事のこと、 裁縫とか編み物。 料理のこと。 人付き合いのこととか… 一番ためになったのは、 戦い方。 一番いいのは戦わないで勝つことが大事だって。 そのためには威嚇するファッションが大事だとか。 昔の写真を見せてくれた。 紫の唇。 長い黒髪。 上のセーラー服は短い。 スカートは長くて、くるぶしが見えない。 カッコいい。 中学になった時に、おばちゃんは私に制服をプレゼントしてくれた。 入学したらこのセーラー服を着ていくとナメられないって。 先生には話しておくから大丈夫だとか… そんな力を持ってるのかキョーコおばちゃんは… と、思った。 …あたしの武勇伝は、はしょる。 もう恥ずかしい過去だから。 マイコの弟だってことで、トモヤは無駄な争いに巻き込まれることはなくなった。 トモヤを守れた。 トモヤが中学に入った時には、あたしは三年生になった。 トモヤが入学した時には、 マイコの弟だ!って、 珍しい生き物が来たみたいに、居場所がなかったってトモヤは言ってたな。 中学三年には受験がある。 三年生になって初めて知った。 高校って何するところだ? 先生には、 「マイコ… 残念だけど、このままでは、行ける高校がない。」 「じゃ、行かない。」 「簡単に決めるな。 家族に相談してみろ。 マイコはやれば出来ると思うから、今から勉強すれば間に合うと思う。」 家族に相談したら、 父ちゃんは、マイコの好きにしたらいいぞって。 トモヤは、 「高校は行くべきだよ。 知らないことを知るってことは、とても自分のためにもなるし、 人のためにもなるんだよ。 勉強、おれが教えるから、 家事も手伝うから、 高校受験しようよ。」 トモヤがそう言うなら、やるか! やるならちゃんとやるのがあたし。 最初はまるでわからなかったけど、 少しずつわかってくると、他のこともわかってくる。 クロスワードパズルみたいだ。 一日、5時間、勉強した。 テストの点数もどんどん上がってく。 トモヤが喜んでくれてる。 余計にがんばる。 そしたらまたテストの点数が伸びる。 ちょー難しい高校も楽勝で入れる点数が取れるようになった。 トモヤのおかげだ。 高校は合格した。 合格したら、公式やら何やら、いろんなことを忘れた。 あたしの頭は興味のないことは忘れる仕組みになってるみたい。 高校一年の時に、 校外学習で渋谷に行った。 渋谷は人がいっぱいいる。 鴨川はこんなに人がいるのは祭りの時くらいだ。 「そこのお嬢さん…」 「あ? 何か用か?」 あたしはいつもの制服着てる。 「モデルになりませんか?」 うさんくさいおっさんだ。 「あたしにできることなんて、そんなにない。 バカだし。」 「できます! そのコスプレ! (コスプレって何だ?) その身長… (でっかくて悪いか) その涼しげな目元… (トモヤには目つきが悪いと言われてる) 全てがマーベラス。 (マドレーヌの仲間か?) まだどこの事務所からもスカウト来てませんよね? (テキヤやらないか?って言われたことある。) ぜひうちの事務所に来ていただきませんか?」 「あっ? テキヤやれってか? 確かにお好み焼きならおいしく作れるぞ。」 「ん? テキヤ? ん? じゃなくてモデルの…」 「よく、わかんねぇから弟と話してくれっか?」 トモヤに電話して、 おっさんに替わった。 おっさんはしばらくトモヤと話してた。 「弟さん、しっかりしてますね。 さぞ自慢の弟さんなんでしょうね。」 「そうだ。 優しくて強くて、 頭もよくて、 目玉焼きがとにかくうまく作れる。 いい弟だぞ。」 「私も弟さんの目玉焼きをたべたくなります。」 「おっさんは目玉焼きには醤油かソースか?」 「私はソースをかけるのが好きです。」 「そっか… あたしもトモヤもソースをかけるぞ。」 なんかいいおっさんみたいだ。 目玉焼きにソースかける人には悪い人はいないような気がする。 「今度、お父さんと弟さんにご挨拶するために鴨川へ行きます。 弟さんの目玉焼きも食べたいですし…。」 「来なよ。 鴨川は海が近くて山が近い。 暖かくていいところなんだぞ。」 「では… その時まで、他の事務所からスカウトされても、 他と契約されないようにお願いできますか?」 「ああ、 いいぞ。 テキヤになるのは高校卒業してからだから。」 渋谷から帰った週の土曜日に おっさんが来た。 お土産たくさん持って。 よくよく聞くと、モデルって仕事らしい。 テキヤじゃなかったのか… モデルって何だ? 「姉ちゃん、 モデルやってみなよ。 あの人、大手モデル事務所の社長さんだ。 信用して大丈夫だよ。」 「モデルってどんな仕事だ?」 「いろんな服を着て、その服を宣伝する仕事だよ。 姉ちゃんは美人でスタイルが いいから、 ランウェイを歩く姉ちゃんは、 とても素敵だと思うよ。」 美人でスタイルがいい? ほんとか? ただでっかいだけの、目つきの悪い女じゃないのか? トモヤがやってみれば?って言うなら、やってみるか。 とっても簡単に決めた。 モデルになるために…そんなに努力は必要なかった。 高校受験の方が1万倍は大変だったな。 いつの間にか、スーパーモデル マイコなんて言われるようになったけど、 あたしは、 スーパーモデルなんて思ってない。 ただのでっかいだけの目つきの悪い女。 でもな、 それを愛してくれる人がいる。 モデルになってよかったって心から思える。 自分を好きになれた。 家族以外の人を好きになれた。 トモヤがみちびいてくれたんだ。 あたしは幸せだ。 だから、もっとトモヤは幸せにならなきゃいけないって思う。 どうかトモヤにでっかい幸せがやってきますようにって、 眠る時にいつも祈る。 ダーリンも祈ってくれる。 トモヤがいなければ、 こんなに愛することができる他人には出会えなかった。 他人って言うとダーリンは怒るけどな。
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