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シズは買い物中、はしゃいでた。
お金は日本政府から渡されているらしくて、
レジで札束を出したりして…
金銭感覚がまるでなさそうだ。
それは仕方ないことだよね。
姫殿下だもんね。
自分で買い物なんてしたことないだろうし。
自分で選んだものを自分で買うこと、
そんな当たり前のことが当たり前ではない身分…
高い身分の人は当たり前のことすら自分でできない不自由さ…
きっと不自由とは感じないくらい、そんな毎日を過ごしてきたんだろう。
シズは、買い物するのが楽しいみたいで、
おれにお金を出させなかった。
ヒモってこんな気持ちなのかな…
帝国のヒモ…
ちゃんと仕事しないと、そんな風に言われちゃうな。
ちゃんとホストの仕事をしよう。
おれからも何か記念になるもを…
って思って、こっそり買ったんだ。
時計を。
そんなに高くはないけど、
シズのイメージに合った、
文字盤が淡い青。
バンドは革のもの。
アナログだけど、電波ソーラーだ。
家に着くと、
買ってきた食器なんかを二人で洗ったり…
こうしてるとアヤノとの生活を思い出す…
それも仕事の一環だったんだもんな。
騙されていたのかも知れないけど、二人の生活は、
アヤノはいつも楽しそうだった。
情が移るってやつかな。
そうだろうな。
ペットだって、ずっといたらいつしか家族になるもんだし。
おれはペットみたいな感じだったのかな…
シズはとても楽しそうにしてる。
こうしてると、普通の女の子なんだよな。
将来、帝になる身だけど…
プレッシャーも相当なものだろうな。
自由な時間は短いのかも知れない…
おれと過ごすことが、
未来に楽しかった思い出になったらいいななんて、思った。
おれは、まだ帝の夫になるイメージができないでいる。
他の星で生活するなんて、普通は想像もできないよね。
その前に心の問題もある。
夫婦になること、
気持ちがないとできない。
拒否はできない。
法律で決まってる。
と、いうことは、
拒否したら、姉ちゃんと父に何か大変なことが…
おれ次第か。
好きになる努力をしよう。
一通り、生活用品を片付け終わった。
おれはお茶をいれながら、
「シズ…
プレゼントがあるんだ。」
ラッピングされた箱を渡す。
「開けていいんですか?」
「もちろん。」
シズは丁寧に包装を解いて、
箱を開けた。
「きれいな時計…
私に?」
「大したものじゃないし、
姫殿下にはとても粗末な時計かも知れないけど…
二人が生活を始めた記念に。
シズの新しい時間の記念に。
それと、地球のお土産になるでしょ?」
シズは時計をして、眺めながら、
「わぁ、
ありがとう。
トモヤからの2つ目のプレゼント。
うれしいな。」
シズは飛びついてきて、
おれの唇にキスをした。
「私も、
記念にファーストキスをプレゼント…
嫌だった?」
「ありがとう。」
それしか今は言えないよ。
そろそろ出勤の時間だ。
「おれ、
仕事に行かないといけないんだけど。
シズは旗艦に帰る?」
寂しそうな顔をする。
そんな顔をすると抱きしめたくなる。
「私も行っちゃだめ?
私も働きたい。
こういうの夫婦共働きって言うんでしょ?」
「うーん。
近いけど、違うよ。
だいたい、
まだ夫婦ではないし、
一緒の職場で働くことを共働きと言うんじゃないんだよ。」
「そうなの…
やっぱり日本語は難しいわ。
私は旗艦には帰らない。
私も行く。
お酒を飲むところなんでしょ?
お酒…
飲みたいです。」
これ、同伴出勤ってやつ?
おれはまだやったことない。
おれだけを指名するようなお客様はいないし…
わ、
いた。
正体不明なお客様。
全くしゃべらないお客様。
いつも、
おれが勝手に喋ってる。
耳が何か…って心配したけど、
そうじゃないみたい。
ちゃんと聞こえてる。
トラブルになることないか…
うーん。
「お店に行くと、私、迷惑なのですか?」
またそんな顔をする。
抱きしめてしまいそうな気持ちになるからやめてほしい。
おれだってさ…
ゴニョゴニョ…。
「じゃ、行こうか?
仕事だから、他の女性と話すことはわかってもらえるかな?」
「はい、
お仕事ですものね。
それは仕方ないことだとわかっています。」
うれしそう。
表現がコロコロ変わる。
どんどんシズのペース…
魔性…
違うな。
人間力の引力に引き込まれていく。
帝の素質。
人間力だな。
着替えてステージに向かうと、
ピアノが酔っ払ってる。
「しおーん!
こっちこい!」
でっかい声が更衣室まで聞こえてた。
「ピアノ…
飲みすぎじゃないの?」
シオン(ぶほっ)先輩はマダムのお客様の席に張り付かされてる。
もう、がんじがらめでどこにも脱出できない。
テレビでみかけるコメンテーターの先生…
シオン先輩にメロメロだ。
毎晩のように来て、じゃんじゃんお金をつかってく。
これぞ富裕層…
もっと違うことにお金つかえばいいのにね。
「お客様は瞬間の恋をしに来てるんだ!
何を普段してるかなんて関係ない。
全力でぶつかれ!
ただそこにあるのは、
お客様をよろこばせることだけだ。
いいかトモヤ、
それがホストってもんだ。」
って言ってたシオン先輩は、
頬にキスされてルージュのでっかいキスマークをつけられて、目が細くなってる。
うーん。
うーん。
シオン先輩も…
大変だよね。
「とぉーもーやー、
酔っちゃったのよ。
遅いから…
もぉー。」
腕を引っ張って隣に座らせようとする。
「ピアノ…
ちょちょちょっと待っててよ。
シズが…」
テレポートしたみたいに現れたシズ。
ピアノの腕を、ぱしっと叩いて…
「メゾピアノ…
なんですか?
その醜態は…」
「げっ…
シズ…
いたのか…」
小さな声で言ったの、聞こえたぞ。
シズはピアノの隣に座って、
説教をしようと…
「シズ、
やめてあげて…
ここでは、二人とも、どちらもお客様なんだ。
この店の中では、立場の上下もなにもない。
この瞬間を楽しむのがホストクラブっていうのもなんだ。
わかってもらえる?」
「わかりました。」
あれ?
素直だな。
「とぉーとーやぁー、
よく言ってくれた。
日本語で、ブレイコウ…ってやつなんだよね?
ほら、シズも飲んで飲んで。」
シャンパングラスをシズに渡してる。
ボーイが近寄ってくる。
このボーイのことを忍者っておれは呼んでる。
宙に浮いてるみたいに足音がしない。
気配もしない。
トイレで用をたしてると、いきなり隣にいたりする。
誰もいないって思ってるところから声をかけられたりするの、おっかないぞ。
「トモヤさん、3番で指名です。」
一番隅の3番テーブル。
視線を…
わぁ、いる。
話さないお客様。
うつむいてるし…
背景がグレーにみえるくらいの…
なんて言うか…
お客様に失礼な表現をつかうのは、はばかられるんだけど、
一言で言うと、
暗い。
服も黒い服を好むみたいで…
顔はいつもうつむいてるから、
髪の毛でよく見えないんだけど、
その髪の毛の隙間から、
おれのことをじっと見てる。
目が合う。
接客中もほぼ見てる。
おれを。
怖いけど、仕事!
がんばる。
おれはそのお客様の隣に、
遠からず近からずの距離を座る。
すすすすって、
お客様がゆっくりおれに寄ってくる。
ホラーじみてる。
いつの間にか、太ももが触れ合うような距離まで詰められた。
ピーチメルバの香り。
強くもない。
離れるのも失礼でしょ。
そのままステイするしかない。
どんなお客様にも全力接客!
がんばります。
こんな短時間で「がんばります」2回も言っちゃった。
「お久しぶりです。
何をお飲みになられますか?」
「………………………」
やっぱりな…
上目づかいですげー見てる。
やっぱり怖いよ。
美しい指でドリンクリストを指さす。
【梅酒ロック】
ほぼ梅酒ロックなお客様だ。
おれも梅酒ロックをいただくかな…
「ぼくも梅酒ロックいただいていいですか?」
またリストを指さして、
【バランタイン30年 ボトル】
値段が…
バカに高い。
「そんな…高いお酒…
ぼくは…ブラックニッカでいいんですよ。」
お客様は指を上げてボーイを呼ぶ。
リストを指差して、うなずく。
もぉーいいのに。
おれにそんな価値ないのに。
「ご無理されていませんか?」
無口なお客様は…
髪をあげた。
え?
あっ!
あっ!
あー!
うわ。
そんなことって…
女優のユイがそこにいた。
おれ、芸能人ってあんまり知らないけど、
ユイはかなり…
いや、
好きな女優。
そして、歌もとてもうまい。
ファンと言ってもいい。
いや、モーレツなファンと言っちゃう。
大きな瞳に、優しい声。
黒髪。
ものすごくタイプなんだ。
出るドラマは全部みたし、
出したCDは全部持ってる。
ここにいるユイは…
テレビでみるユイとはまるで違う。
歌も演技もキラっキラな明るい女優、ユイじゃなくて、
真っ暗な背景を背負った、
ただただ、暗いユイがいた。
おれを真っ直ぐ見つめるユイは、
消えそうな声で、
「トモヤ…
やっと気がついてくれた…。」
背筋が寒くなる。
声、顔、全てがユイだけど、
ユイじゃない…
君は誰だ?
いきなり、
「とぉー!」
背中越しにシズがダイビングしてくる。
ソファーに頭から。
スカートじゃなくてよかった。
びっくりしてるおれに、
背中をバシバシ叩いてくるピアノ。
「何、しっぽりしちゃってんのさ…
トモヤぁ、ちょっとは相手しなさいよぉー!」
ソファーに頭をめり込ませてるシズは、
「ははははははぁ〜」ってケラケラ笑ってるし。
カオスがここにある。
ホラーと
陽気な酔っ払い。
絶対に混ざらないものだ。
混ぜるな危険!
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