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賃貸物件にまつわる怖い話ってあるよね。 事故物件とか、 隣人がおかしげな人とか… 実は、 幽霊よりも怖いのは人間だよ。 幽霊が見えるのか?って? たまにね。 幽霊はいるだけで、ほぼ何もしない。 幽霊がいるとびっくりするだけだけど、 人間は物理的に何かができるからさ。 で、 おれの今住んでるアパートの隣の人が… おっかない。 隣人は、 超絶かわいい美人。 かわいいと美人が同居できるのか? できてる。 そんな奇跡な人。 かわいい美人だからって、デレたりしないぞ。 だいたい美人は苦手だし。 隣人は、 年齢…おれと同じくらいかな? 外見は日本人ではなさそう。 外国?の女性の年齢はよくわからない。 おれは日本人の女性でも年齢なんてよくわからない。 その隣人とは、 挨拶程度、言葉を交わす関係なのに年なんて聞けないし。 日本語はとてもうまいから、外国人ではないかも。 日本生まれの日本育ちかも知れない… その女性の、 何がおっかないのか… それはね。 気がついたのは一週間前。 寝てる時に、 押入れからカサカサ、 ゴソゴソ音がするような、 しないような。 夢なのか現実なのか、大して気にもしなかった。 おれの生まれ育った鴨川には、 ネズミだっているし、 あの黒くて素早い虫だってたくさんいる。 夏の夜には、カナブンやらカブトムシやらクワガタやらが開いた窓から入り込む。 だからそんな生き物の音には寛容なんだよね。 おれのアパートの部屋の押入れは、隣の部屋側にある。 そんなのアパートでは当たり前なのかも知れないけど、 変な作りだなとは思ってた。 離婚したおれにとっては、安いアパートは魅力だった。 なぜ離婚することになったのか… なかなか隣人の話へ行けないな…。 元妻と、 とても仲良かったと思ってたのはおれだけだったみたいだ。 いきなり自分の署名捺印された離婚届を手渡されて、 「お疲れさまでした」 、と言われた。 お疲れさまって、 何だか変な表現だな…なんて、結構冷静だったんだけど。 おれ、元妻のこと好きじゃなかったのかな… 違う。 好きだったよ。 住んでいたところが元妻の持ち家だったから… おれが荷物をまとめてアパートへ引っ越してきた。 元妻は何の仕事をしてるのかわからないけど、 お金は持ってみたい。 財布は別だったから、どの程度あったのかはわからないけど。 元妻は一体…何者だったんだろうか。 ここから長いぞ。 元妻との出会いから結婚までの話は。 おれは兼業小説家だ…。 いや、兼業元小説家と言った方がいいかな。 名前はトモヤ。 高校時代に書いた小説が大手出版社のコンテストで大賞をもらった。 まぐれだよ。 そんな実力ないのは自分がよく知ってる。 眼鏡をかけると、 その人の心の形が容姿に現れるみたいなファンタジー恋愛小説。 (眼鏡という短編を昔、書いたから、よかったら読んでみてね。) ライトノベルってジャンルになるかな。 だいたい、おれは難しい物語なんて書けない。 そこがダメなところかも知れないけど。 その物語。 ちょっと売れたんだ。 アニメ化されたりした。 それからは…なかなかヒットには恵まれず、 一発屋あつかい。 芸人や歌手じゃなくても一発屋ってカテゴリーあるんだ。 一発小説家。 はぁ〜… 字面がなんだか官能小説的な… 同世代の小説家の集まる飲み会とか出版社から誘われて、昔はよく行ってたんだけど、 影でヒソヒソ聞こえてくる。 「一発屋のトモヤが来たぞ。 近寄ると一発病を発症する危険があるぞ…」 とかとか… 一発も当てられない小説家達に言われるんだから、 そりゃ足が遠のく。 そして、だんだん遅筆になってく。 しまいには何も書けなくなってった。 人の言葉なんてどうでもいいのに。 まだ若いおれには、とてつもないスランプになってしまったんだ。 そんな頃、幼馴染の先輩に街でバッタリ会った。 とても真面目の秀才だったのに、チャラいスーツにピアス。 カラーコンタクトして、 話す言葉もチャラチャラの薄っぺらい。 おれは先輩であることさえ、まるで気が付かなかった。 それが、3年前のこと。 「おーいトモヤ… おひさしブリーフケース…」 と、ブリーフケースを持ち上げる。 突然に声をかけられた。 誰だ? こんな特殊な挨拶する人なんておれの周りにはいないぞ。 たまたまトモヤっておれに似たトモヤがいて人違いしてるんじゃないかな? ちょっと後ずさりする。 おひさしブリーフケース…だって… ヤバい。 超絶面白くない。 「え?」って顔をしてる、 誰?な人は、 「トモヤ、 忘れちゃいやよーぐると…」 ぷはっ だめだ。 周回遅れで笑いがくる。 こんなつまんないので笑うおれはだいぶ心が荒んでるのか… 「トモヤ、 おれだよ。 シゲタローだよ。」 ああああああああ… なんて変わりよう… 「シゲちゃん! どうした! 都会の水が合わなかったの?」 「トモヤ…これにはな、深い事情ってもんがあってだな。 この格好をしてる時は別人格なんだ。」 急に昔のシゲちゃんが出てくる。 「鴨川には帰ってるのか? 小説の仕事はうまくいってるか?ちゃんと食えてるのか?彼女はいるのか?おれは見た、東京砂漠ってほんとにあるんだぞ。」 シゲちゃんは、 秀才で真面目で面倒見がよかった。 ついグチがこぼれる。 「シゲちゃん、おれ、最近、書けなくて…」 真剣におれを見つめるシゲちゃん。 「コケないのか? 一瞬でカチコチになる薬持ってるぞ。」 おれは薄目になった。 東京はシゲちゃんを、変えてしまった。 渋谷のスクランブル交差点の向こう岸はなんて遠いんだ。 向こう岸で遠い日のシゲちゃんがおれを呼んでる…幻が見えるような… 薄目で遠い目になった。 「悪い悪い… 冗談だよ。 うぇーい。」 なんて言って背中を強めに叩く。 「小説書けなくて金もないか… そっか…じゃ、仕事を紹介するか。」 おれはホストになった。
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