18 コウゾウ

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18 コウゾウ

鴨川の海は今日も穏やかだ。 紫色からほんのり赤く変化していく。 遠くの水平線も揺れていない。 沖も穏やかなんだろう。 太陽が昇ってくる。 今日の始まりだ。 一人暮らしは朝が早くなる。 特に用もないんだけど。 マイコもトモヤも家から出てしまった。 広い家に一人。 でも、 寂しくはないんだ。 最近は、ほぼ毎日、来客が来るから。 今朝も朝ごはんを食べにやってきたみたいだ。 来る前から気配でわかるようになってきた。 突然に部屋に現れるのも、慣れるとびっくりしなくなるもの。 (とか言っているけど…) 魔法みたいなものも、 当たり前になると、 簡単に受け入れられる。 (そうだろうね) 「おはよう、コウゾウ。 また、来ちゃった。」 「来るなら、電話してくれたらいいのに。 キョウ(京)は、いつも、いきなり来るから…。」 「コウゾウ、ごめんね。 早く会いたかったの。 コウゾウの作る朝ごはんに…。」 キョウは来る度に亡くなった妻に線香を手向ける。 そうしてるうちに朝ごはんを支度してく。 今日の朝ごはんは、 テキトーに作った伊勢海老入りの根菜類具だくさんの味噌汁。 味は薄め。 伊勢海老からモーレツな出汁が出るから。 あとは目玉焼き。 2つ焼いておいてよかった。 手作りのカブの漬物とほうれん草を茹でたやつ。 あとは、アジの干物を焼いた。 半身をわける。 テーブルに向かい合わせに座って、 「では、 いただきます。」 キョウのうれしそうな顔から、 「わっ、 今日もおいしそう。 いただきます。 マチ(町)が亡くなって、もう地球の時間で20年なのね。 早いわね。 時間の流れは早いわ。 この干物…おいしい。 今度は半身じゃなくて、全身がいいわ。」 キョウはアジの干物がかなり好き。 器用に食べていく。 「だから、来る前に電話しなさいよ。 キョウは全然、変わらない。 年をとらないのも、大変だよね。」 「この味噌汁、とてもおいしい。伊勢海老…ユタカさんにもらったんでしょ。 コウゾウもあんまり変わらないでしょ だから、 相変わらず… 好きよ。」 「好きにはいろいろあるでしょ? 友人として、 恋人として、 仲間として… 家族として…」 「理屈っぽさで、照れ隠し? そんなとこも変わらないわね。 マチより先に私がコウゾウに出会ったのに… マチはずるいわ… 今でもコウゾウの心を独り占めしてる。 醤油とって。 ほうれん草もおいしそう。」 「そうでもないよ。 時は流れてる。 おれも今を生きてる。 マチもキョウなら、 許してくれると思うんだよね。」 「先に死んでしまったマチが悪いのよ。 生き返って、私にビンタでもしてほしいものだわ。」 「おれもビンタされるかな?」 「マチはコウゾウにビンタしたりしないわよ。 ベタぼれだったじゃない。」 「そうかな… いつも怒られていた気がする。」 「ところで、 今日は大事な話があってきたの… そんなのただの言い訳だけど… 毎日、言い訳を考えるのも、そろそろ大変なのよね。 …では、本題ね。 私の通い妻的なことどう思ってるのかな? ウソよ。 トモヤのことなの。」 まじめな顔をして冗談を言うのは昔から… 半分、本音も含まれてると思う。 「トモヤとシズのこと?」 「シズの危機管理管不行き届きのために、 トモヤに怪我をさせてしまった。 本当にごめんなさい。」 「頭を上げてよ。 陛下がおれみたいな平民に頭を下げることないよ。」 「今は帝じゃない。 ただの親として、 コウゾウの内縁の妻として来てるの。 私の中では、コウゾウは帝国より大事なの。」 キョウは、さらっと毒を混ぜてくる。 「それ、キョウ的な発言だけど、 すげーな。 帝国が一番大事と言いなさい。」 「ここは地球だから、いいの。」 「それは答えが出ないから置いといて… トモヤは死ぬようなことはないと思う。 シズが一緒なら、死なせないでしょ。 おれは心配してないよ。 どっちかって言うと、 トモヤが、シズに恋をするんだろうか…ってのが心配ではある。」 「何?それ? 私の娘が魅力的じゃないってこと?」 「そうじゃないよ。 トモヤは保守的な人間だから… 離婚して、まだ…」 おれの言葉をかき消すように… 「あー、 それじゃ困るのよ。 早く帝の玉座をシズに譲って、私は面倒なことから開放されたいの、 コウゾウと一緒にいたいの… ダメ?」 「ダメじゃないさ。 シズとトモヤはどうやっても結ばれる運命にあるんだから。」 「私もコウゾウと結ばれる運命だったのよ。 それは忘れないで… 二人はまだ何も知らない。 ずっと昔から、 運命の歯車は回ってたこと。 教えてあげない。 私達が何もしなくても、 シズとトモヤは出会ったって… 私は、 マチが導いてくれた気がするのよ。」 「そうかもね。 キョウの今日があるのも、 マチのおかげかもね。」 「私はずっとマチに嫉妬して生きて行くって決めたの。 だって、 コウゾウの残りの人生を一緒に過ごさせてもらうんだもの。 そのくらいの気持ちでいないと、 マチに申し訳なく思うの。 コウゾウのこと、ずっと好きなの。 シズもそう。 トモヤのことをきっと、ずっと死ぬまで… 例え死んでも、好きでいる… 私みたいに、 立場とか、 遠慮とか、 後悔ばかりの生き方はさせたくない。 いい? コウゾウ。 私はもう我慢なんてしない。 生きたいように生きる。」 「そうだ。 それがいい。 キョウ、愛してる。」 「コウゾウは、やっぱりコウゾウね。 ところでシズは誰との子供かずっと聞かないけど… 知りたくないの?」 「知ってどうするの? おれの子供ではないことは確かだから、 それでいいんじゃない?」 「シングルマザーのキョウ帝に興味ないの?」 「違うよ。 キョウがキョウならいいの。 おれは、帝のキョウに惚れてるわけじゃない。 キョウに惚れてるんだ。」 「やだ。 まるでバカップルみたいだわ。 これから毎日、来ていい?」 「いいけど、 電話して。」 「いや。 突然に来て、うれしそうなコウゾウの顔がみたいから。」 キョウはジャンプして消えた。 突然に来て突然に去る。 おれはキョウを愛してる。 仏壇のマチは笑ってる。 トモヤとシズの行く先には、 マチの思いが…。 きっと大丈夫。 おれとマチが出会ったように。 キョウとおれの今があるように。 紅姫と焔の想いが二人の行く先を照らす。 さぁ、洗い物して、仕事しよう。
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