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ホストの仕事は下働きから始まる。
掃除、
先輩ホストのフォロー、
つまりは雑用。
まるで部活みたいだ。
このホストクラブ…
シゲちゃんは…
なんと!
ホストクラブの経営をしていた!
ながらも大学院へ行っている。
ロボット工学を専攻してるんだって。
ホスト経営と大学院生の二足のスニーカーはいてるんだって本人は言ってるけど、
ちっとも面白くない。
シゲちゃんは自分で言って、爆笑してるんだけどさ。
笑いのツボがよくわらない。
ガンダムが人生のすべてを教えてくれる
ってのが、シゲちゃんの座右の銘なんだけど。
ガンダムを熱く語るシゲちゃんは、
オタクと呼ばれるのをひどく嫌う。
どうしてホストクラブの経営に至るのかは、聞かせてくれなかった。
「おれの闇を一緒に背負ってくれるのか?」
なんて言うもんだから、
「ヤダ」って言ったら涙目になってた。
おれに言いたかったのかな?
なんかとても重そうな理由がありそうだし。
ステージに立ってる(接客してる時)シゲちゃんは、シゲちゃんじゃない。
何かが降りてきてる。
ホストの神様みたいなやつが。
バックヤードにいる時のシゲちゃんは、おれの知ってるシゲちゃんだ。
ほぼ別人と言うか、二重人格みたいに思うことがある。
一年もすると仕事も慣れて、ステージに立つようになった。
シゲちゃんはお客様を接客することをステージに立つって言う。
最初は違和感しかなかった形容詞?動詞?なに?も、慣れると自分から言うようになるから怖ろしい。
おれを指名してくれるお客様も少しでてきた。
それなのに、
おれはステージに立っても、
なかなかチャラチャラできない。
もっとチャラチャラしてた方が楽に仕事できるぞってシゲちゃん…
いや、オーナー兼、
No.1ホストの…
「シオン」…だって。
もぉ。
シオンは反則だ。
ぶほっ…
何度聞いても笑いの時限爆弾が仕掛けられる…
「シゲタロー」から「シオン」への変換は、もう笑うしかない。
そんなこんなで、
指名されたお客様には、おれは、
いつも笑ってる人と思われてる。
今夜もステージに立つ。
小説はどんどん記憶の彼方へと埋没していって、
掘り起こすのも困難だ。
もうホストでもいいかな…
って…
そんなこと言うと、
シゲ…
違う…
シオン兄さん…
ぶほっ…
だめだ。
仕事に『でも』はねぇ。
仕事は手を抜くな。
仕事がお前を男にする。
今のお前は小説家じゃねぇんだ。
ホストの「トモヤ」だ!って、
もうそれは暑苦しく、
運動部の先輩みたいに、
言われるワケなんだ。
シゲちゃんは正しい。
お金をもらってる以上は駆け出しもベテランもないよね、
お客様にはどちらも同じお金を払っていただいてるんだから。
今夜のお客様は富裕層の方らしい。
身につけているもので、なんとなくわかる。
初指名された。
年はおれと同じくらい?
やっぱり女性の年齢はよくわからない。
長い黒髪。
大きめの瞳の力はとても強い。
斬れ味鋭そうな美人だ。
まるで隙がない。
苦手なタイプだけど、
がんばります。
「トモヤ君。
よろしくね。」
おれは名刺を渡しながら、
「どうかご贔屓に。」
「随分と古風な物言いね。」
「すいません。
不慣れなもので…」
「前から見掛けるけど、もう何年になるの?」
「やっと一年です。」
「なにか…
そうね…
他のホストとはタイプが違うのね。
前は何を?」
「言いたくないです。」
しっかり間を置いて、
お客様は、
「多分、そう答えるとおもってたわ。
私は、知ってるから。」
ホラーじみた言い方をする。
「知ってるって…
こんなとこまで…
出版社の…?
書けませんよ。
もう。
だいたい、
おれの書いたものなんて、誰も読んでなんかいない。
一発屋のトモヤです。
今や、
紙媒体の本を読む人なんて比婆山でヒバゴンに会うくらい珍しい。
中高生なんて、小説読まずにYou Tubeばかり見てる。
クズみたいなそんな小説書くなら、おれは、ホストでてっぺんとってやる!とか、言っちゃう!」
つい、熱くなって。
目つきの変わるお客様。
「無理やね。
ホストのてっぺんなんて…
小説家でもてっぺんとられへんのに、ホストなめたらあかんで…
あら、やだ。
あなたにホストは似合わないわ。
小説家トモヤじゃないと困るのよ。
私の立場的に…」
そのお客様は週に2回くらい来てはおれを指名して、
大して話もしないで時を過ごす。
なんだか一緒にいて、心地よくなるのは、
毎回指名してくるからか、
心を許しはじめてるのか…
「小説は書けてるの?」
おれが隣に座って挨拶をしようかと思う前に、久しぶりに仕掛けてきたぞ。
「今はホストが仕事なので、
小説の話は…
申し訳ないですが、
できかねます。」
顔色も変えずに、
「何で私がここへ来ると思う?」
シャンパンのピンクを飲んでる彼女。
「またこんな高いの飲んでるんですね。
うちは良心的な店なんで、500円からあるのに…
ぼくに会いにくるためだけにそんな高いお酒を飲むなんて…それはないとして…
お酒が好きだからですかね?」
チリっと瞳に火が見えた気がした。
「何?そのつまんない答え。
あの物語を書いたトモヤとは思えない答えね。
腐ったの?」
まだまだ仕掛けてきてる。
「結局、あなたは、ぼくに小説を書かせたい、出版社のヒットレディなんですよね…
おれにそんな価値はないですよ。」
悲しげな瞳に一瞬、みえた。
「そんなに腐らないで…
私はあなたに会いに来てるの。
トモヤ…
あなたの物語には、変な力があるの。
宇宙の距離さえ一瞬で超えてしまうくらいの何かが。
トモヤ…
ちゃんと、自分を見つめ直して…
お願いよ。」
彼女はそれきり黙ってシャンパンをのぞきこんで
揺れるピンクの液体を眺めていた。
「夜は遅くても、
怠惰に生きるんじゃねーぞ。」
ってのが、オーナーの口ぐせ。
おれはホストのスーツで帰ったりしない。
着替える。
ホストは仕事だ。
おれの個性じゃない。
朝の街はカラスが元気だ。
朝まで飲んだ泥酔マグロたちがそこいらに打ち上げられてる。
急性アルコール中毒を疑われる人や、
女性には声を掛ける。
今日はみんな大丈夫そうだ…
なんて思ってたら、
植え込みから足が出てる…
ハイヒール。
あー、飲みすぎた女性…
女性の酔っぱらいは、やっかいだけど、放ってはおけない。
できるだけに触れずに植え込みから救出する方法を考える。
痴漢と間違われたら、おれ、立ち直れない。
足を引っ張るのはダメそうだ。
パンツが丸見えになる。
植え込みに体を突っ込んで…
枝やらなにやらであちこち痛むけど…
両脇に手を入れて…
歩道の方まで。
顔をみた。
え〜!
もぅ〜!
出版社のヒットレディの人だ。
変な偶然。
肩を叩く…
「…あ…ぁぁぁ…」
かわいい声を出してびっくり。
ぼんやりした視線にゆっくり力が…
「トモヤ…どうして?」
「そんなに飲んじゃだめでしょ?
何か嫌なことでもあったの?」
「お店のトモヤとはなんだか違うのね…」
「そりゃそうだよ。
今、君はお客様じゃないから。
話なら聞くよ…」
「私はね…
ずっとしてきた仕事を外れることになったの。
命をかけてやってきたのに…
心を込めすぎてるって。
バカヤロー!
だって好きなんだもん…
仕方ないじゃない。
理屈じゃないのよ。
最初はそうでもなかったのよ。
でも、だんだんね…
好きになっていったのよ。」
「そんなに好きな仕事、外されるのは辛いよね…
あれ?
おれが書けないことと関係ある?」
わ!
自分の掘った落とし穴に落ちる感じがするぞ。
元妻アヤノとの出会いはこんな感じだった。
アヤノの仕事は出版社のスナイパーじゃないみたいだった。
仕事のことを聞くとうまくはぐらかされる…
この早朝マグロ事件から、急速に仲良くなったおれ達。
アヤノに押し切られる感じで、
わずか二ヶ月で結婚することに…
随分と強引に結婚したわりに、
アヤノはあまり家に帰って来ないで、連絡もつかない時があった。
他に男?みたいな疑いは…
まるでなかった。
美人で頭もよく、気が利くし、センスもいい。
そして隙がない。
でも、アヤノは男性への経験値が驚くほど低い。
そして器用ではなかった。
仕事以外のスキルがまるでない。
冗談で軍人みたいだよねって言ったら、挙動不審になってたけど、
まさか、アヤノが軍人な訳がない。
いったい今までどんな人生を送ってきたのか。
親やきょうだいはいないと言ってるから、
昔のアヤノのことを聞くことはできない。
謎。
アヤノは謎な妻だった。
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