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おれの住むアパートは、離婚したアヤノに紹介してもらった。
新しいとは言えないけどボロアパートでもない。
家賃が激安で駅からごく近3LDK。
単身には贅沢な広さ。
昔はバイクに乗ってたけど、
今は交通手段は自転車しかない。
駅近はとても便利だ。
アヤノは車を持ってた。
かなりアレなイタリアの車。
暴れた牛がエンブレムのアレな車。
助手席に乗ってるおれが恥ずかしいくらいのオレンジ色のアレな車。
おれが運転してないのも
恥ずかしい要因。
2シーターミッドシップ。
600馬力もある車なんておれは運転できないよ。
ちょっとしたマンション買えちゃうくらいの値段するし。
すごい低くて、すごいスピードが出る。
やっぱりアヤノは謎ばかりだ。
また話がそれた。
自転車しかないおれは、
駅近、家賃安めの物件を探しにアヤノに紹介してもらった不動産屋へ行く。
離婚された妻に物件を紹介してもらうなんて、とても情けないんだけど。
あの人には頼めないし。
頼むと自分の家に住めとか言い出すだろうし。
とても面倒なことになる。
紹介された不動産屋についた。
三度見くらいした。
ほんとここ?
怪しい不動産屋の見本みたいな感じ。
いかにも怪しげな…
社長が…
不動産屋からニヤニヤニコニコ出てくる。
あんまり怪しいから、逃げようとすると、
「アヤノの紹介ざーますね?
いいタマありますよ。」
言葉が変な社長だ。
しかも、
アヤノなんて呼び捨てにして…
もう夫じゃないけどさ、
モヤモヤと腹がたつ。
しかし「タマ?」
業界用語?
ほぼ強引に不動産屋に引っ張り込まれて。
仕方なく椅子に座ると…
「お茶にする?
そ、れ、ともぉ!
ビール飲む?」
お茶とビールの振れ幅。
怪しいからどっちもいらないよ。
「飲み物はいらないです。」
「あっ、そ。
ぼきはビールいただくかな?」
聞き違いじゃない。
今、ぼきって言ったよね?
だめだ笑う。
笑っちゃいけないシチュエーションだけど。
後ろ向いて声を殺して笑った。
振り向くとプシュッと栓抜きで瓶ビール大瓶を開けてラッパ飲みする社長。
だめだめ。
もぉダメ。
面白すぎる。
「あははははは。」
涙が出るくらい笑った。
「何か面白いことでも?
ありんすか?
げぷ。」
ゲップする社長。
笑ったら負けだ。
全力で笑わせに来てるのかも?
「いや、
なんとなく。」
無理な言い訳をする。
社長はビールを相変わらずラッパ飲みしながら、
物件情報をみせてくる。
間取りは下手くそな手書きのマンガみたいな絵付き。
小ネタもあるのか。
笑わせにかかってくるぞ。
こらえる。
えらいぞおれ。
「いいでしょ?
ここにしにゃさいよ。
敷金礼金なす。
家具、家電付き。
保証人はアヤノがなるって言ってるから、今からでも住んでいいってばさ。
げふ。」
??????
いいってばさ?
ヤバい…
そんな言葉、アニメでしか聞いたことないぞ。
負けるなおれ。
ぷはっ。
顔をそらして笑いの分子を逃がす。
「え?
この家賃…
相場の半値以下じゃないですか?
……?
まさか…いわくありとか…?」
「ちがうありますよ。
ここ、私がオーナーのアパート!
アヤノに言われたら、そりゃね…うおごごろに魚辺…じゃない。
まぁ、色々あるんでさぁ。」
社長、とてつもなく変な人だ。
変を超えてる。
全てが怪しい。
よくみるとオフィスのインテリアもなんだか怪しい。
あー。
ほんと大丈夫かな?
でも、
この家賃…
背に腹は代えられない。
「ここにします。」
さらわれるように連れていかれたアパート。
契約したその日に住んだアパート。
怪しいオーナーの怪しいアパート。
その夜は事故物件って4文字がギャートルズ(はじめ人間ギャートルズを検索してみて)みたいに天井に浮かんでる夜だったけど。
何もなく。
むしろ快適。
隣からはかすかな物音がするから、隣人がいると思われる。
でも、他には住んでる人はいないみたい。
4所帯の平屋アパート。
結構、家賃高めなのかもね。
こんな安く入居できてラッキーだけど、
アヤノの謎は深まるばかり。
あの怪しい不動産屋の社長との接点。
社長にアヤノのことを尋ねても、はぐらかしまくるから聞くのは諦めた。
やっと隣人の話ができる。
隣人はとてもまともな人に見える。
おれと同じくらいの年齢?
なのか?
わからない。
髪は銀色。
目はグリーンだ。
丸顔のかわいい感じだけど、
とても整った顔をしてる。
多分、外人さんだ。
ところで外人って差別用語にならないの?
なんて言えばいいのかな?
彼女は美人の中でも超美人にカテゴライズされるはずだ。
おれは美人は苦手。
これにはワケがあるんだけど、
また長くなるからやめとく。
おれが朝、
帰ってくると、
隣のドアを開けて隣人が出てくる。
いつもだ。
タイミングはかったように。
「おはようございます。」
って声をかけるんだけど、
仕事場でもおはようございますだから、
このクセ、昼間でもたまに言ってしまう。
飲食店勤務あるある?
必ず隣人はワチャワチャして、
「あっ、
とっ!
おはおはおはようございます。」
みたいな返事をかえしてくる。
意味は通じてるみたいだから日本語で話しても大丈夫だろうと思った。
仕事が休み以外は、ほとんど朝帰りだから、おれは怪しい人と思ってるのかな…
仕方ないけどさ。
隣人ではあるけど、友達でもないし…
どう思われようといいか…
あっ!
そう言えば鴨川から親父がクジラのタレを送ってきたんだ。
それも大量に。
一人じゃ食べきれないから、隣人におすそ分けするか…
鍵を閉めようとしてる隣人に、
「引っ越しのご挨拶、まだでしたね。
ちょっとお時間ください。
ほんのちょっと…」
と、部屋の冷蔵庫の中からクジラのタレを…
アパートの外で手持ち無沙汰な隣人に…
「これ、クジラのタレって言います。
クジラのジャーキーみたいなもので、
軽く炙ってマヨネーズに七味入れたのをつけて食べるとおいしいんですよ。
お酒のつまみに最高です。
どうぞ。」
グリーンの瞳が美しい。
吸い込まれそうな緑色…
でも、目はクルクルな感じで、
「わっ!
とっ!…
ん?
さん…
まずっ!
ありがとうございます。」
ワチャワチャ小刻みな動きが面白い。
この人もおれの変な笑いのツボを‥‥
ぶほっ。
むせたように見せかけて、笑いの粒子を拡散させる。
「ぼくはトモヤって言います。
よろしくお願いしますね。」
ニコッと笑った隣人は、
「私はシズって言います。」
とても満足げにクジラのタレをうっとり見つめてた。
クジラのタレ好きなのかな?
しかし、シズ?
静?
随分と和風な名前だな。
やっぱり日本人?
これで隣人は知らない人ではなくなったワケだ。
ごく普通な…
普通がなんなのかわからないけど、
ごく普通に見えた隣人なんだけど…
普通ではなかった。
最初は夢かと思った。
カサカサって…
音がする。
仕事が休みの夜。
時計は見えないけど、多分真夜中。
押入れの方から。
ほんとに小さな音。
虫かな?ネズミかな?
夢かな?程度に考えてた。
そんなことが休みの時だけ起こる。
朝、帰って、寝てても音はしない。
少しおかしいなと思い始めたおれは、
押入れの中を見てみると…
荷物がないから、薄暗い空間。
何もいない。
異常なし。
気のせいか?
と、
安心した。
押し入れで寝たらどうなるだろう?
なんて考えたおれ。
ドラえもんじゃないけど、
結構、そういうの好きなのね。
また仕事休みの夜。
押し入れの襖は閉めて。
眠りについた。
なかなか寝づらい。
狭いから。
でも、寝てた。
いつの間にか。
カサコソ…音が…夢の中から…
眠りから覚めた。
ぼわっと明かり…?
隣の部屋の光か?
何で?
薄目で見てみると…
こっちを見てる目が…
緑色の瞳が…
動けない。
隣人シズさんが覗いてる。
おれを見てる。
どうするおれ。
かなりホラーな状況だよ。
選択は2つ。
A:起きる。
B:寝てる。
どっちかだ。
おれはAを選択した。
「はぁぁぁ〜
よく寝た。」←棒読み。
押入れに差し込んでた明かりが消える。
押入れの壁を見ると、穴までふさがってる。
どうやった?
マジシャンか?
魔法使いか?
あんな美人がおれなんて覗かないか…
気のせいか…
なんて…
気のせいじゃないな。
おれは工学科卒業。
人感センサーを取り付けた、ビデオカメラを部屋にセットしておいた。
なんでビデオカメラ持ってるかって?
高校時代に恥ずかしいイメージビデオ撮ってたんだよ。
海とか、風に揺れる竹林とか、紅葉とか…。
お気に入りの音楽をインサートして。
これ黒歴史。
翌日…。
仕事から帰った。
また隣人シズさんに遭遇した。
「おはおはおはようございます。」
シズさんから声がかかる。
変わらずワチャワチャ。
わっ、
今日も一段と美人。
怖いくらいの美人。
違う意味でこわいのもある。
何にも気がついてないような、
「おはようございます。」
ひきつり笑顔を添付して言ってみた。
「クジラ…
おいしかったです。
私も何か…差し上げましょうか?」
すんごく何かを期待してる緑色の瞳。
いやだよ〜
何をくれるんだよ。
いらないよ。
「いや、大丈夫ですよ。
はははは。
では、失礼します。」
部屋の中へ飛び込んだ。
何かあるぞ。
あの笑顔…
自信?
なんだろ?
なんか大きな何かが…
あのシズさんにはありそうだ。
おれは人を見る目がある方だと思う。
その人の持ってるオーラって言うか…
そんな言葉にはできないものを感じることができる。
あのシズさんはただ者じゃない。
心がアラームを鳴らしてる。
ビデオカメラ…!
録画されてるのを示すインジケーターが光ってる。
ああああああああああああ…
ほらほら…
何かここで起きてる。
見るか?
おっかないな。
でも、
見ないのはもっとおっかない。
巻き戻して、
カメラの小さなディスプレイで見てみた。
………人はすごく理解できないことがあると笑うって言う。
そんなワケあるか!って思ってた。
おれは笑ってた。
「うそでしょー。」って。
シズさんがおれの部屋にいた。
時刻を見ると、おれが帰宅するちょっと前まで。
どうやって入ったか?
すごくシンプルな方法だったんだ。
それはね…
壁をすり抜けて。
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