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「お母様、どうか里帰りをお許しください。王子が私の悪阻を鬱陶しいと、朝も晩も怒鳴るのです」
「悪阻は病気ではありません。お母様も耐えました。あなたは毎日暗い顔ばかりしているのではありませんか? それでは王子もお気の毒。少しでも笑い、王子やあなたの世話をしてくれる家臣達のことを考えなさい」
「お母様、お助けください。私が部屋から出ずに寝てばかりいると言って、王子が物を壊すのです」
「あなたはもうすぐ母親になるのですよ。あなたがそんな様子で、国は、民は、世継ぎの将来はどうなるのです。気をしっかりお持ちなさい」
「お母様、今こそお助けください。苦しく、辛く、動けない。どうぞ迎えをお寄越しください」
政をこなし、民、家臣、城を守らなければならない女王様のもとに、毎日のように王女からの手紙が届きます。
「あなたはなぜ恐れることしかしないのです。あなたは国を背負う者。なぜ私のように、死を覚悟してでも夫にぶつかってみようとはしないのですか」
自分の意思で、自分の能力で国を、運を切り開いて来た女王様にとって、王女の叫びはただの我儘にしか映りませんでした。
逃げることもできず、助けてくれる人もおらず。
隣国での度重なる不安と恐怖。
王女のお腹の命は、とうとう産まれる前にこの世を去ってしまいました。
悲しみの底にいる王女のもとに、女王様からの文が届きます。
「あなたが御自分の不幸にばかり目を向けていた間、
お腹の王子はどんなに寂しかったことでしょう。
あなたの命が尽きるまで、心から弔っておあげなさい。
それが、母としてあなたにできるせめてもの償いです」
隣国の王女が女王様に手紙を送ることは、それから二度とありませんでした。
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