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「ここはどこなのですか?」
扉の向こうは、まるで山の夜でした。
暗く、濡れた岩場は今にも滑ってしまいそう。近くに滝があるのでしょう。
轟轟と音を立て、幾重にも白い水煙が上っています。
空気は湿っぽく、辺り一面、水の香りが立ち込めていました。
「天国は、まだ先のようですね」
女王様の言葉には答えず、娘の女王は滝の傍に腰を掛けました。
「私はもう、あなたと共には行けないのです」
「!?」
女王様は意味がわからず、娘の女王を見つめます。
「我が王は、私の祖国から毎月贈られるお酒にひたり、舌も次第に愚かになっていきました」
「何を言って……」
「王となった日に召し上がった寝酒が、ほんの少し苦くなったくらいでは、まるで気づきもしないほどに……」
娘の女王はにっこりと微笑みます。
それはそれは美しい笑顔でした。
娘の笑顔を、女王様はこの時初めて見たと思いました。
「長かった……重き悪阻にあの苦しみの中、助けの来ない隣国で生き残り、我が子達を守るには、私自身が王になるしかないと思いました」
娘の女王は、銀の冠を脱ぎました。
「それには、あの憎き夫が、まず王になる日を待たなければならなかった」
娘の女王は、冠を置いて、立ち上がりました。
「本当に会えると思っていたのですか? あなた御自身がお見捨てになった孫に」
「私は見捨ててなど」
「お母様が先ほど私を抱きしめてくださった時、本当に嬉しかったのですよ。けれど」
「けれど?」
「あなたの心の中には、母親としての御自身に対する『満足』と、私や王子への『憐憫』しかなかった」
娘の女王は、懐かしい『王女』の姿に戻っていました。
「私を隣国に嫁がせるため、ただ宥めるためにだけ、あなたが仰った戯れ言を真に受け、あなたに助けを乞い続けた私は、国を背負う者としてはあまりに脆弱だったのでしょう。でも、せめて我が王子にだけは、詫びの心を持っていてほしかった」
王女は真っすぐに女王様を見つめ返しました。
「私は、その後の行いと、夫殺しの罪を認めた代わりに、
二つの願いをお聞き届けいただけました。
次の世での、王子の幸せ。そして」
そして……
「あなたの罪に、少しだけ関わらせていただくこと」
女王様を見つめたまま、王女は滝へと身を躍らせました。
その瞬間、滝は真っ赤な火柱に変わり、岩場に大きな穴が口を開けたのです。
赤く染まり、崩れていく岩場の中、女王様は気を失いました。
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