第1章

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     ◆  敦啓君が隣の席とか、もうどうでも良くなった。だってこのコンパの参加者メンバーの中に七星さんがいたから――――  洋風居酒屋·TRY TO REMEMBER。  まさか岐阜にこんな洒落た名前の店があるとは。寿(ことぶき)らーめんとか、スナック(すみれ)が開業したのが昭和20年代という歴史と風情のある有名店だけど、そんな店と店の間にこんな店が(はさま)ってたなんて知らなかった。地元人なのに知らなかったのもそのはず。駅からちょっと離れたところにあるし、外観がどう見ても倉庫だから。中に入るといやらしさの無い明るい照明が灯り、女子の喜びそうなマトリョーシカやシルバニアファミリーとか可愛らしい雑貨が所々配置されている。とどめにここが女子の心を押さえた最大の魅力、今活躍中の男性韓流アイドルや、昔一世風靡した男性アイドルの貴重(レア)なポスターが壁一杯に貼られている。  理人さんが女子メンバー達がリラックスして楽しめる様にと厨房の料理長さんの光浦司(みつうらつかさ)さんと相談してこの店に決めたらしい。 「やあ。君が噂の雅巳ちゃんやね! よろしく!」  怖い人かと思ってたら宝塚の男役っぽい頼り甲斐ありそうな人だった。強いて言えば女版の理人さん。  噂の……ですか。  雅巳ちゃんって言ってたとこから絶対晃が撒いた噂っぽいけど何を撒いたか気になってしょうがない。まさかアレをレストランで拡散したんじゃ……。  それは昨年の寒い冬の事。  インフルエンザにかかって長期に渡り欠勤してた晃が心配になって、あいつが一人暮らししてる社員寮に見舞いに行った時の話だ。脳がウイルスにやられてたのか変なスイッチ入ったみたいで、僕があいつの身体を拭いてる最中抱きしめられてキスされた。しかも着けてたマスクは無理矢理剥ぎ取られて口の方に。 『お前がいきなり服脱がしてくっから!』  黙ってりゃいいのに、熱のせいだと思うけど顔赤らめさせて言い返してきて気持ち悪かった。  お陰でモロに菌もらってあいつが回復したのと引き換えに僕がウイルスに侵されて苦しむ事になった。二次感染は重症化する。ファーストキスの相手が男だなんて口が裂けても言えない。TRY TO REMEMBERしたくないトラウマだ全く。 『言ったら殺す』晃には念込めて口止めしといたから大丈夫だと思うが。晃は遅刻はしょっちゅうするけど、そういう約束とかはちゃんと守る奴。多分。  まあ噂の事は置いといて。  確かにここは女子が落ち着いて楽しめる店って感じだけど、男子からしてみれば初めて女子の部屋に足を踏み入れた時の感じで変に興奮する。席に誘導されて腰掛けた暖色の木地で縫い合わされたパッチワークカバーが掛かった(ロング)ソファーは、女の子とDVD観ながら寛ぐとかした時、ちょっといい雰囲気になったら押し倒すのに丁度いいとか不覚にも余計な想像してしまった。クラス全員が男だった高校卒だし、残念ながら女子の部屋に入った事など(いま)(かつ)て無いけど。  理人さんが幹事で良かった。  誰が頑張ってくれたお陰か分からないけど  七星さんと僕を会わせてくれてありがとう。
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