第1章

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 あの時は晃に“可愛くて狙ってる子”の正体を聞けなかった。 『そうですか頑張って下さい。晃君のそのキラキラ笑顔に積極性が加われば無敵でしょ』  恥ずかしさを隠して誤魔化した。本音は『それって誰』って聞きたかったのに、話題に食いつく勇気が無かった。  狙ってるとか、晃なら本人目の前にしていきなり告っても全然違和感無いけど、僕みたいなのが女の子に欲情してるとか、さっき晃には遠慮しないで何でも言えるって言ったけどこれだけは言えない。正直言うとあいつの事だから、 『事務所にいる雅巳(まさみ)ちゃんがここの女子の誰かに欲情中なう』  とか変に拡散されたらたまったもんじゃない。マジでやりかねない。しかも女の子みたいでカワユイからって理由であいつは僕の事を入社時から“ちゃん付け”で呼び続けている。とにかく変な誤解はされたくない。晃と僕の事を如何わしい関係だと思ってる人が社員分の0であってくれと祈ってる。  電気の消えてるレストランを眺めながら溜息をつく。  晃がライバルだったら勝ち目無いよな……。  ぶっきらぼうに見えて神業を連続で繰り出す要領の良さ。そして一見お調子者に見えて実は真っ直ぐで。  顔面偏差値はアイドルユニットのセンター奪い取り続けるレベルの数値。喋りだしたら毒吐くほうなのに皆を虜にする引力の強さ。味方にしてると心強いけど、敵に回すと恐ろしい妖怪……人間だと思う。  今週のレストラン定休日前日辺りに飲みにでも誘って聞き出そうか。記憶が無くなるほどに飲ませて……と一瞬閃いたはしたけど、5秒後、逆に僕の方が100%潰されると気付いた。自分で言ってたけどあいつはザル界のザルと言われてる酒豪の男で、僕はファジーネーブルたった1杯で頬が真っ赤に染まるタチだった。  不戦敗。恥かくくらいなら諦めるか――――  といいながらも自販機ではちみつレモンを買ってから会社を出た。  プルタブを起こすと爽やかなレモンの香りがした。今日あの子の事を感じながら帰ろう。  水色のホンダライフのエンジンをかけてから口に含んで飲み込む。  美味しいな、ほんとに……。  あ。しまった忘れた。  ドリンクホルダーに昨日捨て忘れて空になったはちみつレモンの缶を見つけた。  どんだけ好きなんだよ、全く。
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