第1章

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     ◆ 「加藤ちょっと……」  そこまで大きい声で呼ばれてないのに必要以上にビビったのは今から下の自販機に行こうとしたから。どうしてかはお願い……察して。  事務所のドアの前。腕時計に視線を落として頭を掻いている僕の怪しい行動に目を細め首を傾げながら近付いて来たのは同じ事務所の3個上の先輩の理人(りひと)さん。気にしてるらしいから本人の前で口に出せないけど色気の度数が年齢を遥かに上回ってるダンディズム紳士。  入社時、ここの事務所に高卒の同期が僕入れて3人だった。僕以外の2人は偶然にも下の名前が漢字が違うだけで同じ読みの“しょうた”同士で、しょうしょうコンビと呼ばれていた。仕事もコンビで協力して務めてくれ、と同じ営業の仕事を与えられていて、僕は出だしから2人の輪の中に入れなかった。要はこの内気な性格が祟ってるって事もあるけど。  別に仲間外れにされてるわけでも無いし、面倒な仕事を押し付けられたりするわけでも無い。与えられた業務をちゃんとこなしていれば事務所内で友達なんかいなくてもやっていけると思ってたげど、彼等が一緒に仕事をしてくうちに仲良くなっていく過程を見てると羨ましかった。 『加藤。今夜オレに付き合って』  ある日、事務所一の色気ムンムンダンディに突然事務机(ビジネスデスク)ドン(壁ドンの机バージョン)で告られ……じゃなくて、誘われた。  僕の隣のデスクが理人さんだけど背負ってるオーラが半端なく眩し過ぎて、当時は社長さんよりもといっていいくらい近寄り難かった。データ入力の事とか聞きたい事があっても緊張し(ちぢこまっ)てしまって、事務所の中で一番無難な年配のお局さんにわざわざ聞きにいっていた。 『理人くんに聞きゃあいいのに』  彼女はそう言うけど僕は首を横に振ってた。 『まあいいわ。わざわさ加藤くんが私を頼ってきてくれるなんて可愛いわね、フフ』  このままじゃ、ここの人達に僕が理人さんに苛められてるって思われる!!(お局キラーって思われる!!)  そう感じて改善を試みた。  でも理人さんに「なに」って視線を真っ直ぐ向けられると固まってしまう。目力が前世メデューサだったのかって思うほど。大袈裟に言ってない。やられてみれば解る。  今になって思えば理人さんはこの会社で僕の事を1番理解してくれる人だった。この人が居なかったら僕は今ここに居なかったかもしれない。  あの日、駅裏の渋い居酒屋に誘われたんだけど、普通に過去の恋バナ……僕の方は幼稚園時代の初恋の話しか持って無かったんだけど、そんなつまんない話でも目尻に皺を作って『可愛いな、お前』って聞いてくれて嬉しかった。  心が折れそうになった僕を、あの一言で救ってもらえたお礼に会計は理人さんがトイレに行ってる間に済ませてしまおうとしたけれど、結局持ち合わせが無くて全額払ってもらったっけ。 『何かあったらオレに頼れよ。そのためにオレがいる』  理人さんは僕の事が放っておけないらしい。  でも今はそれどころじゃない。  早く下の自販機に行かなくちゃ帰っちゃうよ。    
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