第1章

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     ◆    今朝の事を振り返ってみる――――  会社の入口の自動ドアを抜けるとレストラン方面から『おはようございます! おはようございます!』2階に突き抜けてるだろうよく通る晃の声で毎日恒例のモーニング儀式が始まっていた。ちゃっかり陶磁器販売カウンターの前で足を止め、サングラスを外してあどけない視線ビームを売り子の女の子達に送ってからの出勤。毎朝強制的にあのパフォーマンスを見せられてる女の子達の心境はどうなんだろう。とか想像してる間に、厨房の方から紺色のキッチンユニフォームを身に着け、バナナをモグモグしながら登場したのが例の敦啓君。晃と笑顔でハイタッチをしてから『ねーバナナ美味(うま)いよ食う?』ってしつこく迫っていた。  ホールの人と違って厨房の人は滅多に勤務中にお目にかかる事無いけど、敦啓君登場のお陰で、謎が少しだけ解けた気がした。  ちょっとだけ解った気がしたんだ。あの子の正体が。  敦啓君が着てたのと紺色具合が同じポロシャツとサスペンダー付きのズボン。あのズボンの代わりが女性用キュロットだったら……。休憩時間は衛生上の理由とかでエブロンとハンチング帽は外していたとして。  徐々に核心に迫ってきた。  2階の事務所に行くべき僕が昼休みでもないのに無意識でレストランへ向かい足を運んでいた。僕に気が付き、手を挙げて名前を呼んでくる晃を無視して敦啓君の前に立った。バナナがどうとか変な事言ってるけど、喋らなければ中々の男前。 “イケメンの無駄遣い”失礼ながらも新しい表現が浮かんだ。  今日よりも幾日か前、休憩中のあの子の胸の大きさを視線で測りつつ名札を見た。下の名前も知りたかったけど、名札に記されてた苗字だけは記憶した。  これを誰かに知られたら更に気持ち悪がられるもしれないけど僕は話しかけるチャンスが訪れた時のために自分のフルネームと携帯番号を書いたメモを折り畳んで勤務中常にズボンのポケットに入れている。結局渡せてない記録を半年継続中だけど、最悪このバナナの人を通して利用……お願いして渡すのも一つの手だと思いついた。  ポケットの中でクシャクシャになってるメモを汗ばんだ手で握り締めた瞬間、 『はいバナナ』  目の前に差し出された黄色いバナナ。しかも腹から出してくるとは思わなかった。これは絶対貰っちゃいけないやつだと思って遠慮したところ、『朝礼始まるから早く来い敦啓』と料理長にキツく呼ばれて敦啓君は厨房に戻っていってしまった。 『そういや明後日のコンパあいつも来るんやけど。何か聞きたい事あるなら参加した方がいいんじゃないの?』  明後日の社内コンバ。  会社内で恋人の欲しい人が集まるドキドキイベント。女の子と面と向かったら普通の滑舌で話せない僕なんかが行ったってマイナスな結果しか見えてこないこんなイベントに参加したくなくて、一週間前に晃に誘われたけど即断った。しかし開催日が迫っても男組が1人足りないままらしく、どうしても! ってしつこく頼まれたけど『恋人いらないから……』と嘘ついた。  義理人情のつもりか。長い付き合いだからこそ本当に僕の事分かってくれてるんなら誘わない方が適してると思わないのか。一応僕の中では一番の友達だと思ってた晃にちょっと腹が立った。  最初断った時はすんなり諦めたのに間際になって急に焦り出したところが謎で、はっきり言って何か裏がありそうで気持ち悪かった。  明後日のコンバあいつも来るんやけど。  気持ちが、一瞬で反転した。  コンバの女組メンバーの中に料理長以外に厨房の子がいた事を思い出した。
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