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当たり前の日々
「叶多? 大丈夫?」
不意に目の前で手を振られ、ハッとする。
顔を上げると星伽が不安そうに眉を寄せ、僕を見つめていた。
僕は頭を振り、「ごめん」と言ってやせ我慢の笑みを浮かべた。
彼女がせっかく夕食を作りに来てくれているというのに、うっかり憂鬱に支配されていた。しっかりしろ、と自らを叱咤する。
「映画の撮影……難しいの?」
彼女は僕の憂鬱を察し、心配そうに眉を寄せた。
役どころに関しては詳しく言えず、彼女には「大切な人を亡くす役」とだけ伝えていた。
「せっかく振られた仕事なのに……監督から中々オーケーを貰えなくてさ」
対面して座る星伽に、僕は堪え切れず愚痴をこぼしていた。
「恋人を亡くす青年の役なんだけど。リアリティが無いって毎回ダメ出しされる」
「……そっか」
彼女は僕の悩みを親身に聞いてくれ、うんうんと相槌を打った。
「でも」と僕は続けて言った。
「リアリティが無いのは当然なんだ……。俺は今まで生きてきて、大事な人を亡くした経験なんて一度もないから」
子供の頃に飼っていた金魚やカブトムシが死んでしまうのとは訳が違う。それに僕の両親、祖父母とも、有難い事に健在だ。
恵まれた環境に身を置いてきたのは言うまでもない。
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