無自覚なうそつき

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 一瞬、頭が真っ白になった。  言葉もなにもでてこない。 「聞こえてる?」 「ああ。それで先生はあとどのくらいもつのか言ってた?」  名前を呼ばれて意識が戻る。 「危篤ってことなんじゃないの?」  ああ、と僕は額に手を当てた。そう、母と会話するとこうやってずれていくのだ。 「先生からは早く読んでくださいと言われたのよ。だから二時間で帰ってこれるでしょう?」 「母さん、僕の結婚式のときに、ここからそっちまでどんだけ移動時間がかかるか何度も説明したよね」  僕は改めて飛行機と沿線を乗り継ぐだけで片道6時間はかかると話した。 「妻の翔子も仕事をしてるし、僕と一緒に帰るとなると明日の午後になるよ」  あら、と母が途端に明るい声になった。 「わたしから翔子さんに連絡を入れておけば時間の短縮になるわね。それで二時間くらいで帰ってこられるわね」 「無理だってば。明日になるって言ってるだろ。僕も翔子も仕事を放りだせないし、そういうのを片づけないと動けないから明日になるんだよ」  母は昔からじぶんが乞うと信じたらそれが間違っているとは思わない。まわりがどれだけ説明しても、まったく響かないのだ。 「じゃ、これから翔子さんに電話するわね。裕司も早く支度をしなさい。お父さん、危ないんだから」  耳元で通話終了のブツリ、という音がした。  僕は画面が黒くなったスマホを握りしめ、床に叩きつけたい衝動にかられた。 「菅原さん、大丈夫っすか」  隣席の後輩が眉根を寄せて僕の様子をうかがっていた。 「悪い。僕の仕事、頼まれてくれるか」 「いいっすけど、なんかあったんすか」 「父が倒れた。これから妻に連絡を取って一緒に田舎へ帰るんだ」 「それは……。あの美人の奥さんの業界って厳しいところでしょう? 帰省って厳しいんじゃ……って、じぶんのいうことじゃないっすね」  妻が結構な高給取りなのは事実だ。だが、それをこんな時に指摘されるのは不愉快だ。それが顔に出ていたのだろう、後輩は頭を掻きながら僕の指示をメモし始めた。
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