無自覚なうそつき

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ぼくたちは長時間の移動を経て病院の最寄り駅へ着いた後、すぐに病院に向かった。  担当主治医にすぐ会いたいと面談を申し込んだ。  回診中なのですぐには、とナースステーションの看護師に言われた。しかたないので、先に父を見舞うことにした。  集中治療室には父と妹の二人だけで、ほかに患者も誰もいなかった。 「父さん、どうなの」 「御具合はいかがですか」  翔子と僕は口をへの字に曲げた父に声をかけた。数年ぶりの父は相変わらずビール腹だった。僕を見た途端、顎を突き出し、人を見下すようにするところもかわっていない。変化したのは白髪が多くなって頬骨が出て老けたか、と思わせるところだった。 「ちょっと倒れただけだなのに大げさな。どいつもこいつも何年もあってない親戚が今朝から押しかけてきてそっちで気分悪くなったわ。そこへ裕司と翔子さんもか。医者からわたしがもうすぐ死ぬとでも言われたのか」 「お医者さんにはまだお目にかかってはいないんですけど」  翔子がやんわりと危篤という話をを回避してくれた。 「母さんが帰れと電話してきたんだよ」  僕は僕で事実を口にした。 「たいしたことないのに大げさだ。帰れ帰れ」  しっしっ、と犬でもはらうように手を振る父に、妹が抗議した。 「仕事してる二人がこうしてお見舞いに来てくれたのにその態度はないでしょ」 「だから帰れと言っている」 「お礼くらい言いなさいよ」  翔子がやんわりと割って入った。 「あのう、担当医に話を聞いてきますね」  妹の顔がぱっと明るくなった。 「お願いします。母もわたしも先生の話が難しくてよくわからなかったんです」 「行ってくるよ」  僕は、翔子と肩を並べて出て行った。
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