溺れる鳥と飛びたい魚

8/22
前へ
/22ページ
次へ
「平気?」  店を出て、アパートへの帰路で氷魚はヒタキを労りつつ熟視する。  氷魚の問いかけに、ヒタキは首を傾げた。 「なに、が?」  じっとヒタキを見つめる氷魚を、ヒタキも視線を返す。  氷魚は首を横に振った。 「平気ならいいんだ」  歩みを進めようと前に踏み出そうとするが、立ち止まったままのヒタキが袖を引く。 「なにか、ヘンだった?」  不安そうな瞳が氷魚を見上げて問う。  深い海の底が二つ、覗き込んでくるようだった。  その深い哀しみの色に、氷魚は苦しくなる。  氷魚はヒタキの視線を受け止めて、ほんの少し自分のより低い位置にある頭を撫でた。 「ちがうよ。不安にさせたなら、ごめん」  ヒタキはじっと、氷魚を見上げる。 「その……ヒタキは人魚だから、俺たちと同じ物を食べても平気なのかなと思ったんだ。だから、もし気分が悪くなったりしたら言って欲しい」  氷魚が白状する。気がかりになっていた心の内を吐露した。  ヒタキは瞠目し氷魚を見上げた後、ほっと息をつく。  袖を掴んだ手を、氷魚の腕に添える。 「氷魚、だいじょうぶ。だから……」  そう言って微笑むヒタキの頭にもう一度手を置く。 「うん。それならいいんだ。――帰ろう」  腕に添えられたヒタキの手を、頭を撫でた手でそっとほどく。そのままその手を取った。 「うん……!」  こっくりと頷いたヒタキの手を引いて、外灯の少ない海岸沿いの道をゆったりと歩く。  波の音だけが二人を追って来るようだった。
/22ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加