溺れる鳥と飛びたい魚

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 閉め忘れた窓の外がまだ薄暗いうちに、氷魚は目を覚ました。まどろみの中、視線を動かす。隣には寄り添うようにして、ヒタキが眠っているのを確認して、息をつく。  何の違和感もなく一人用の布団で一緒に眠ることにしてしまったけれど、狭くはなかっただろうか。  顔にかかった髪を指でよけてやり、穏やかな表情をしばし眺めてみる。  ぴったりと身体を寄せてくるので、寒いのかもしれない。  少し下がってしまった布団を肩まで引き上げてやる。  起こさないように身を起こそうとすると、服の裾を引っ張られる感触がした。  振り返るとヒタキは瞬きを繰り返し、目をこすり始める。 「起こした? まだ寝ててもいいよ」 「氷魚は?」  眠そうな眼を擦りながら、顔を見上げてくる。 「散歩してくる」  服を掴んだ指をほどいて告げると、ヒタキも身体を起こした。 「俺も、行く……」  呟くように告げる瞳はぼんやりとしている。その中に、不安の色が見られた。 「いいよ。おいで」  ほどかれ、彷徨って泳ぐ指が心許なく落ちそうになって、手の皿で受け取る。  瞳に光りが宿った後、受け止めた指先に力がこもるのが分かる。  手を引いて立ち上がらせ、靴を履き、一緒に玄関を出る。  薄手の上着をヒタキに羽織らせて、アパートの階段を降りる。  途中、階段の下に置いてあるバケツと釣り竿を、無造作に取り上げた。  海を横目に、いつもと同じ道を歩く。 「今日は堤防の方で」  氷魚がそう告げるとこっくりと頷いて、ヒタキはついてくる。  漁港の傍の堤防にはまばらに人の姿が見える。  なるべく人のいない端の方を選び、釣り竿を準備すると、腰を落ち着けた。  氷魚は空のバケツをひっくり返して隣に置くと、ヒタキに向かって手招きしてみせる。 「椅子じゃなくて悪いけど、座って。ヒタキなら壊れないと思う」  徐々に明るくなってくる空。響く波の音に耳を澄ましながら、釣り糸を垂らす。  氷魚の服の裾を握ったまま、じっと座るヒタキは潮風に髪を靡かせながら、じっ、と波間で揺れる浮きを眺めている。 「ヒタキ、退屈してない?」  問いかけると、ふるふると首を振った。  氷魚はヒタキの横顔を眺めながら、ふと何を思っているのだろうか、と考える。 「氷魚」  口数の少ないヒタキが名前を呼ぶ。じっと顔を見つめたかと思うと、氷魚の視線を誘導するように人差し指を立て、堤防の端を指す。 「針、上げて。あっち」  見たことのない、真剣な目をしたヒタキに気圧され、釣り竿を上げる。 「こっちの方向に投げろってこと?」  氷魚はヒタキに向かって問いかける。  頷くヒタキの示した方向に、釣り竿を振って浮きを飛ばす。  針が沈んでまもなく、反応があった。浮きが沈み、竿の端が大きく揺れる。  氷魚は落ち着いた様子で、竿を引き上げる。飛沫を上げながら、魚影が姿を現した。  引き寄せて、たも網で掬い上げる。  椅子にしていたバケツをヒタキが差し出してくる。いつのまにか、水を汲んでおいてくれていたようだ。  その中にたも網の魚を放つ。  バケツの中の魚を無感動に眺めて、ヒタキはまた指をさした。 「氷魚、今度はあっち」
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