第二章 母親から生まれていた時代

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 奇妙な初遭遇からしばらくして、部屋の探索を始めた。  古い映画のパンフレットや破かれた雑誌などが散乱している。その読み手だった人たちも死体となって辺りに転がっている。  その数、確認できるだけで五人。先程の部屋で襲ってきた触手死体のように、刺し傷がある死体がほとんどだ。  彼らの所持品の中にチョコレートバーの形をした保存食があったので、何個か拝借させて頂く。 「食べる?」  塔崎さんにもお裾分けをする。 「気が利くわね」  すぐに包装紙を破って一口食べた。彼女は雑誌を読んでいる。  何の記事か訊くと、頬張りながらこちらに寄越してきた。 【人類vs人工知能 もはや我々に成す術はないのか 第四次創作大戦の行方】  幾度となく我々との知恵比べをしてきた人工知能だが、創作分野においても覇権をとりつつある。  徳川ホールディングスの徳川AI研究センターは、独自のAIに創作させ、我々との創作力を比べる創作大会を毎年開催している。  第一次と二次で意地を見せた我々だが、第三次は頭を垂れ、迎えた本会も土を舐める結果となった。  今回の楽曲対決においては大多数のリスナーがAI製の曲を『神曲』と絶賛した。  今年の結果をうけ、創作連合の代表は声明を発表。創作分野における人工知能の活用に苦言を呈した。  一部のリスナーはこれに賛同するも、世論としてはどちらが作ろうが良ければ良いという意見であるので、全てのエンタメのクレジットに彼らのみが記される日が、そう遠くないうちに訪れようとしている。  授業でも習った。  昔はヒトの手で行われていたことも今ではほとんど人工知能とアンドロイドが代行しているのだと。  それは音楽をはじめ様々なエンタメにも波及しているらしい。ライブハウスで爆音を響かせていたお気に入りのバンドは、もうアンドロイドに代わってしまったのだろうか。 「ふう、ごちそうさま」  塔崎さんの食事が終了した。 「やっと食欲が復活したの」 「あれだけバット振り回したもんね」 「笹島くんも食べれば?」  保存食は無機質な味だが、不思議と美味しいと感じた。    シアタールームを後にして他の部屋の捜索をして、保存食をいくつか確保した。  どの部屋も物が散乱していて、大人たちの死体が転がっていた。中には起き上がって襲い掛かってきた触手死体がいたけれど、塔崎さんがほぼ一人で沈黙させた。 「なにこれ!? どうして動くの?」  ごもっともな意見だけど、その答えを持ち合わせていない。 「まあまあ。おつかれさん」  保存食を一つ手渡す。 「さっき食べたし! でもまあ、もらっておくわ」  塔崎さんの扱い方を一つ学んだ。俺もついでに一つ食べておく。 『製造元・販売元 徳川創薬工業』と包装紙に書かれている。すぐに丸めて、律儀にごみ箱に捨てておいた。  とある部屋で、興味深い文献を見つけた。 【潮の道ブレスロード 閉鎖について】  クジラ駅で働く皆様。  お勤めご苦労様です。  一通りの研修を終えている皆様におかれましてはうるさい内容かもしれませんが、今一度故郷である地球への道しるべである『ブレスロード』について説明しておきたいと思います。 『ブレスロード』はクジラ駅から地球の徳川宇宙開発センターに繋がる唯一の帰還ルートです。徳川家の最先端技術を活用した超高速エレベーターであり、地上とクジラ駅を僅か五時間で結んでいます。 『ブレスロード』は常に開通しており、物資や人のやり取りで利用されていますが、メンテナンスや緊急プロトコル発動時は閉鎖されます。復旧の目途が立たない場合、長時間のクジラ駅滞在が予想されます。  緊急プロトコルは当駅にて何らかのトラブル、またはそれに準ずる不測の事態が起きた際に、地上への被害拡大を防ぐ目的で発動されます。 『ブレスロード』は駅側と地上側共に閉鎖され、場合によっては分断され、物理的なアクセスが完全にシャットアウトされます。  緊急プロトコルは『常世システム』(以下、システム)によって管理・発動されます。事態の収束が確認されたのち、当駅長が保持するマザーカードキーによって分断されていないときに限り『ブレスロード』は再び開通、当駅は再び潮を吹くことが出来ます。  潮の道『ブレスロード』。  地球への唯一の脱出路の名前だ。 「これ、どこにあるのかな?」  もう少し先を読んでみると、エントランス一階にどうやら設置されているらしい。 「エントランスってさっきの広いところか」  一通り調べたから、一度戻って脱出路の様子を見てみよう。このまま帰れたら最高なんだけど。 「行こ。はやく帰ってお風呂入りたい」  塔崎さんの一言で体の芯が熱くなる。 「閉鎖されていたら?」  文献にもあった緊急プロトコル。  今がその発動下なら、閉鎖されているに違いない。地球外生命体らしき生物が蔓延る中で発動していないとは考えにくい。現にサイレンの音も聞こえる。 その場合、何とかっていうキーが必要なはずで、 「そんときは」  塔崎さんはまるで他人事のように言った。 「そんときに考えよ」
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