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第三章 クジラ駅運転見合わせ
エントランス二階から廊下へ。変わらず沈黙したままの金属体の残骸の前で塔崎さんが言う。
「ねえ、次はこっちから行ってみましょ」
塔崎さんは先程金属体が出現した方向をバットで示す。そちらも同じような廊下が続いている。
「危険じゃない?」
通ったことのない道より、通った道の方がいくらか安全な気がして言ったのだが塔崎さんは唇を尖らせる。
「変化は大事だよ!」
そのままスタスタと歩き始める。
バットを肩に担いで歩いていく彼女の後姿を弟になったような気分で追う。
廊下の先の扉は派手に蹴破られていた。先程の金属体の仕業だろう。
その先には廊下が伸びていて左右の壁には扉がある。扉の数は左に三つ、右に二つ。
「こっちもほとんど一緒かあ」
ほぼ同じ景色に落胆気味の塔崎さん。
「お気に召さないようで」
間髪入れずに、
「だってつまんないじゃん! 笹島くんはこーいうの平気な人?」
「こーいうの?」
訊き返すと、少し歩いてから振り返る。
「予定調和っていうか、あらかじめ決められたレールの上を歩くだけ……みたいな」
「あまり気にしないかな」
どちらかというと変化は苦手だ。
教室から脱出した時は気分が高ぶっていたから気にならなかったけど、少し冷静になると現在の状況に冷や汗を感じずにはいられない。内心、すごく不安だ。
できるなら突拍子もないことは起こらないでほしい。もう無理かもしれないけれど。
「そっかあ。私はね、大嫌い」
そんな俺の内心を柔らかな暴風をもって吹き飛ばす塔崎さん。
「ほんとにムリ。ソフトボールってね、同じプレーなんて二度と起こらないの。だから楽しかった。だから――」
俯き、少し間を置いて続ける。
「私のエラーで引退試合がゲームセットしたときは悔しかった。もう二度とあの瞬間は訪れないから。だからね、授業なんて大嫌い。外出禁止令なんて死ねばいいと思ってた。ほんとに死んじゃったけど」
塔崎さんは顔を上げる。
ぱっちりと開いた両目に射抜かれる。
「不謹慎かもだけど、今結構楽しいの。まるで試合の時みたい。ボールでも転がっていないかなー。ここでホームラン打ったらどうなると思う?」
「壁に跳ね返ってきて、ぶつかって、鼻血出て」
最後は少しふざけた。
「はは、確かに!」
間髪入れずに、
「そういう瞬間って、さいこーだよ」
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