第一章 アイスキャンディーの苦み

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第一章 アイスキャンディーの苦み

 外出禁止令が発令されて一ヶ月あまり。  来る日も来る日も眠たい授業ばかりで、睡魔に負けじと機械的にペンを走らせるが、長くはもちそうにない。 「千六百年、天下分け目の戦は――間宮?」  クラスメイトで幼馴染の間宮里帆(まみやりほ)が慌てて教科書を捲り、 「えっと、関ヶ原の戦い!」 「はい、よろしい」  担任の太い指が似合わない綺麗な字を書き連ねていく。 「この戦いに勝利した偉大なる徳川家康公は江戸幕府を開いた。以来、数百年に渡って徳川家による政権が続いている。現首相の徳川善彦(よしひこ)氏は徳川家第四十一代将軍ともいえる。いいか、現首相のフルネームくらい覚えておくんだぞ」  昔の人達が多くの血を流してこの国をつくったらしいけど、今の世を見たらきっと嘆くことだろう。 (ねぇ、進路調査、書いタ?) (ううん、まだ。アカリは?)  クラスメイトのひそひそ話が聞こえる。  担任は気づかずチョークを走らせている。  窓の外。校庭を囲む花びらをつけた桜の木を見て季節を知る。宙を舞う一片の花びらが『自由』をもたらし、同時にそれは『不自由』の象徴として胸に十字架を突き刺す。自由に外出していた日が懐かしい。 「では、数学の宿題を集める。後ろの者から前へノートを回すように」  つんつん、と背中を突つかれる。後ろの席のクラスメイトは死んだ魚の目をしている。 (ねぇ、進路調査、書いタ?) (ううん、まだ。アカカカカカカカリは?)  ノートを受け取り前の奴に回す。こいつに至っては俯いたまま微動だにしない。 「寝たいときに寝るのが一番だと思うぜ」  同情し、二つ前の奴にノートを渡す。そいつはカクカクした動きでノートを受け取る。  寮で同部屋の相棒も突っ伏して居眠りをしている。朝一から随分長い居眠りだ。  間宮の頬がピクピク痙攣している。 「静粛に。では進路調査についてだ。徳川家直系の企業に就職希望なら言いなさい。今は亡き織田家と豊臣家が臨時ボーナスを差し上げる前提なら、第二面接までスルーしても構わないそうだ。幕府は少年少女に定年退職を促し火縄銃の図面には二十ミリメートルのロゴマークを撃ち出すには強引なレセプターであり――」  窓の外を見る。  校庭の真ん中に黒い卵が置いてあるのに気づく。  太陽の光を反射してやや艶めかしく鎮座して、一体中からどんな醜悪な生物が生まれるのか想像するだけで、ああ、出来ればこの窓ガラスをぶち壊してほしい。  亀裂を生じさせてほしい。  内部にまで浸透し、内側からこの監獄を破壊するヒビの最終兵器となって、停滞した流れを清き大海原へと導いてほしい。 「おい笹島! 聞いているのか?」  先生が真っ直ぐ俺を見つめ叫ぶ。 「テキスト八千二百五十三ページの挿絵の青年はお前じゃないのか? クジラ駅発ターミナル駅までの乗車券は三連単②―⑫―⑤じゃなかったのか?」  黒い卵――。  よく見るとそれは『emergency』と赤く表示されたパソコンモニターだった。
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