第二章 母親から生まれていた時代

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 しばらく何事かを呻いていた彼女は、いつしか完全に動かなくなった。彫像のように固まって、嫌な臭いを放つ汚水が徐々に俺の上履きをも汚染せんと迫ってくる。 「おやすみ」  もはや頭のてっぺんからつま先に至る外見から、体の構造といった内側の部分も元々の彼女からはかけ離れてしまったけれど、間違いなく、彼女は生きていた。 「進路調査……何書こうか少し考えるよ。決まったら、教えるから」  彼女の夢は何だったんだろう。考えるほどに胸の奥が痒くなる。  早くこの場から逃げないと。  俺は自由だ。  彼女が手にできなかった自由。彼女の代わりに手にした自由。  ふと視界に、突っ伏した金属体から落下した右腕が飛び込んでくる。  手に取ってみると、意外と軽く、強度もありそうだ。  ヒビが入った校庭。ぽっかりと空いた小さな黒い穴。  俺たちを閉じ込めていた精巧な檻。 「最近ウズウズしていたんだよなあ」  思い切り振りかぶり、窓に叩きつける。  派手な音がして、欠片が四散し、黒い穴が全身を呑み込んだ。
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