第二章 母親から生まれていた時代

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『ハリボテ』の校庭を一刀両断し、偽りの青空を切り裂いて本物の空を手に入れた。  それはひどく寒々しい、無機質なコンピュータールームへの扉だ。  外への第一歩はもっと清々しいと思っていた。これでは先程の仮初めの青空に囲まれた檻とほとんど変わらない。  ひどく静かだ。  どこか遠くで鳴るサイレンの音以外、何も聞こえない。  目の前にはいくつものコンピューターが置かれ、電源コードなどの無数のコードが床をまるでミミズのように這いずり回っている。色は赤、青、黄色……様々だ。忍び足で一台のコンピューターに近づき、マウスをクリックしてみるけれど、反応はなし。  画面には『emergency』の文字が変わらず表示されている。  俺が仮初めの授業を受けていた教室の左右に一つずつ、同じ形をしたボックスがある。恐らく隣のクラスだ。左側のボックスに俺が空けたのと同じような穴が空いている。  恐る恐る、その穴に近づき、中を覗いてみる。  おおむね俺のクラスと同じような光景が広がっている。  ただ一つ違うのは、倒れた生徒モドキである金属体の様子だ。  ほぼ全てに打撃痕のようなものがある。頭を殴打されたものや、手足が捥がれたものなど、半ば散乱するように教室のあちこちに散らばっていて、明らかに第三者の手によるものだ。  教卓や黒板に散らばる白い液体から目を逸らすように、その場を後にする。 次に右側のボックスの窓に近づいてみる。 「なっ!」  思わず息を吞む。恐らく向こうからは仮初めの校庭が見えているだろう。しかしこちらは監視者サイドだ。中の様子は逐一把握できる。  だから余すところなく見えてしまった。  席につく生徒達。うちのクラスと違い、真面目な生徒ばかりだ。  けれどそれは見てくれだけだ。  何故なら、生徒全員の首がぐるんぐるん回転しているから。  しかし先生はその状況でも、健気に黒板に板書しようとしている。途中まで書いたらしい『日本の食糧自給率 自動天気調節器導入以前と比べ』の先を必死で書こうとしているが、黒板に無数の白い線が生まれるだけで、終いにはチョークが折れて床に落ちてしまった。  その時だった。  全員の回転がピタッと止まった。しかも全員、黒板を見た状態で静止する。その奇妙なまでに理路整然とした様子に寒気がした。  そして、徐々にこちらを向き――全員と目が合う。  大丈夫な筈――この窓には仮初めの校庭が映っているはず。俺の姿は見えないはず。  見えないはず――。  その時、思わず手にした金属腕を窓に当ててしまった。 「…………」  僅かな物音に、ジッとこちらを見つめる金属体の群れ。 「監視ルームにて不審な物音を検知。被検体が脱走した恐れあり。至急、確認セヨ」  金属体の一体が徐に立ち上がる。胸が赤色に点灯している。  一歩、後ずさる。  逃げよう――逃げるしか生きる道はない。  大きな二枚扉があることに気づき、一目散にそれを開ける。  扉の先は幅広の真っ直ぐな廊下になっていて、左右の壁に扉が三つずつある。廊下の先に同じような二枚扉が静かに佇んでいる。  生徒モドキの金属体の群れが迫ってくる恐怖に駆られ、扉を閉めてすぐに駆けだす。  久しぶりの運動に息が上がる。  通路を半分まで進んだところで、左側のドアを見つめる。 「――隠れるかっ?」  このまま進むと奴らに鉢合わせするかもしれない。ここは一旦身を隠し、状況を整理した方がいいかもしれない。  すぐに左側の中央のドアを開けて中へ入る。 「……酒くさっ!」  部屋中からアルコールの匂いがする。 「――っ!? い、いやあああ!」  ムッと鼻腔を抜けたアルコールの匂い以上に、驚愕のものがこちらに迫ってきた。  それは金属バットを振りかぶった一人の制服姿の女の子だった。
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