第二章 母親から生まれていた時代

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「あっ! ちょっ! タイムタイム!」 「来ないでぇっ!」  金属バットが目の前を横切り、先程とは違う汗が背中を伝う。  女の子はこちらの声を全く聞いておらず、必死で金属バットを振り回す。どうやら俺を金属体かなにかだと勘違いしているらしい。 「ストップストップっ! 落ち着け! 俺は人間だ! 奴らとは違うっ!」 「…………っ!?」  妙にスムーズな日本語だなと思ったのか、その子は手を止め、こちらを見つめる。 「……えっ、マジ?」 「マジ」  ひとしきり見つめた後、ようやく納得してくれたらしく、金属バットを下ろす。 「それならそうと、はっきり言ってほしかったわ」  妙に斜に構えた感じだが、この状況だから仕方ないと目を瞑る。ひとまず頭をかち割られなくて良かったと胸を撫で下ろす。 「俺、笹島新羅」  自己紹介すると、彼女は金属バットを置いて答える。 「塔崎澄玲(とうさきすみれ)よ」  塔崎さんは俺と同じ二年生で、薄い茶色の髪をサイドポニーにした制服姿だ。  ぱっちりした両目に自然な笑顔が可愛らしい。金属バットについて訊いてみると、ソフトボール部で使用していたマイバットとのこと。 「外出禁止令で全然練習できなかったから、さっきフルスイングしてスカッとしたわ」  聞くと隣のクラスに空いていた穴は、彼女が拵えたとのこと。 「笹島くんのクラスも全員、あんな感じだった?」 「一人残らず、奴らだった」  間宮の笑顔が脳裏をよぎる。 「学校がこんなことになっていたなんて知らなかった。もう少し調べようと思うの」  協力してくれる? と塔崎さん。 「俺も知りたい」  学校がこんなことになった理由を。 「そ。良かった。それなら景気づけに乾杯といこうかしら」  部屋を見渡すと、ラウンジになっている。  部屋の奥はバーカンターになっていて、今や酒ビンの大半が床に零れている。部屋中が酒臭いのはこれが原因だ。 「酔っぱらいそう」 「あら? 女の子より先に酔っぱらうなんてダサいよ」 「慣れているご様子」 「当然」 「当然って、いくつだよ?」 「十七」  十七で酒豪かよ、と毒づこうとするも金属バットが煌びやかに照明を反射させたので止めておくことにする。 「冗談よ」  くすっと笑う塔崎さん。 「またの機会にしましょう。今は調査を優先。こんなときくらい真面目にしなきゃ」  どの口が言うと思ったが、また得物を振り回されても困るので心の中に留めておいた。
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