第二章 母親から生まれていた時代

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 ラウンジを後にして、他の部屋を見て回ろうと思ったが、塔崎さんが既に調査済みだったので先へ向かうことにする。  廊下の壁の一角に白髪を肩に垂らした白衣姿の初老の男性の肖像画が飾られている。 【クジラ駅長 有本黒鵜(ありもとくろう)】  クジラ駅――そんな洒落た駅名は聞いたことがない。 「クジラが有名な場所ってどこかしら?」 「沖縄?」  有名な水族館が思い浮かぶ。イベントでの名称だろうか。  携帯端末で調べようと思ったが、電波障害で検索できなかった。  先へ続く二枚扉を開け、道なりに歩いていると、右側の壁に『↑ 2Fエントランス』と案内書きがあった。 「ここ、本当に学校?」  塔崎さんは首を傾げながら考え込む。 「間違いないと思うけど」 「こんなに広かったっけ?」  塔崎さんの疑問に、しばし考える。 「なにせ俺らがいたのはあの窓の内側だからね。ここは外側だし」 「どうして閉じ込められていたの? クラスのみんなは?」 「わからない」  とにかく、行ってみるしかない。早く助けを呼ばなければ。  生きている人が他にもいればいいが。  その時、がしゃん、と豪快な音がした。  目の前の廊下の陰から一体の金属体が姿を現す。  浮浪者のようにおぼつかない足取りで、傾いた首をこちらに向け、 「こちらは……立ち入り禁止デス。速やかにお戻り、クダサイ」  直後、弾かれたように走り出し、まっすぐこちらに向かってくる。  剥き出しな敵意。連れ戻され、歯の一本くらいは抜かれそうな勢いだ。  唯一の得物である金属腕を握りしめる。丁度握手をするように持ち、構える。 「私のあだ名、なんだと思う?」 「こんなときに?」 「こんなときに」  さあ、と答えると、 「『ボス』っていうの」 「お似合いだね」 「褒めているの?」 「褒めているよ」  塔崎さんは思い切り振りかぶり、迫ってきた金属体の頭めがけてフルスイングした。 「私っ、ファーストっ、やってたの!」  ぐらりと傾く金属体の身体。しかし、まだ倒れない。 「打順は!?」  間合いを気にしながら、距離を詰める。  不思議な感覚。 「四番っ!」  塔崎さんはもう一度、振りかぶる。 「校則違反目撃! 拘束実行しまス。システムアクセス……パーソナルデータ……検索」  金属体が一気に塔崎さんに迫る。  幸い、こちらには背中を向けている。胸の内側が赤く点滅している。三分間で動かなくなるとはどうも思えない。 「エースじゃんっ!」  無防備な背中に金属腕を思い切り振り下ろす。奴は膝から崩れ落ちる。 「どうもっ!」  渾身のフルスイングの打撃音が廊下に尾を引いた。 「あのさ」  廊下にへたり込んで、肩で息をしながら口を開く。 「なんで『ボス』なの?」  塔崎さんも横で目を閉じて呼吸を整えている。薄い茶色のサイドポニーが重力に身を任せるように静かに垂れ下がっている。 「小学生のとき、クラスの女の子が男子にイジメられていて助けたの。そしたら次の日からそう呼ばれた」 「すごいじゃん」 「……ありがと」  廊下の真ん中で金属体の残骸が白い液体を流している。焦げ臭い煙をあげている。さすがにもう動くまい。  塔崎さんは立ち上がり、エントランスへ続く廊下の曲がり角に立つ。 「助かった。やっぱり二人いた方が楽でいいや。教室の時は骨が折れたから」 「こちらこそ。殴り方の良い参考になった」 「……教えたつもりなんてないけど?」 「見様見真似ってやつ。それにスイング、凄く上手かった。さすがエース」  視線を彷徨わせる塔崎さん。 「……え、えっと、ほら! 行こ? エントランス」  塔崎さんは慌てた様子で翻しエントランスに向かっていく。  改めて金属体の残骸を見る。  こいつらがクラスメイトに紛れていた。クラスメイトたちはどこかに監禁されているのか、それとも……。そして何故俺は入れ替わらなかったのか。  いずれにせよこの学校は異常だ。  生徒を機械と入れ替え、生きた生徒を檻の中に閉じ込め外から監視していたのだから。 「ねえ! 笹島くん!」  廊下の先から塔崎さんの声がした。薄暗い空間に立ち、こちらを見ている。 「ここにきて。そして私を思い切り、叩いてほしいの」  質問の意図が掴めない。 「よかった。ぜんぶゆめだよ。もうすぐさめる。ねえ、はやくきて」  からん、という金属バットが床に倒れる音がした。  唾をごくりと飲み込み、ゆっくりと彼女のもとに向かった。
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