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(五)
(五)
「データの書き換え、こんな感じでよろしかったでしょうか?」
映像をポーズさせた私は、判事席に視線を送った。
「……ああ」
明るい病室の中、ベッドから起きあがった被告を映すモニターを見つめていた彼は、ぶっきらぼうに返した。
「ほんとカマは、身も心もなよなよしやがって……。
なんかどっと疲れた。今日はもうやめるか」
忌々しげに動いた口は、新たな煙草をくわえる。
「それは構いませんが、明日につけが―――」
と、響いたきしみ。
「呼ばれてから入ってくるよういわれてるだろ!」
そう声を張りあげられたのは、
「へえ、すいません。ちょっと急ぎなものでして」―――“ラーメン・地獄一番”の店主。
今日は店が込み合って器が足りず、いつもより早く回収にきたという店主に、煙草を挟む指が突きつけられた。
「てめえは“黒縄”決定したからな!」
呆然顔に、私がそのわけを説明すると、途端、はげ頭は地面にひれ伏した。
「実は先日の地獄階層対抗野球大会でスライディングを試みましたところ、左手首を痛めまして。お恥ずかしい話、器すら持てない状態になりまして。で、仕方なく調理のほう、弟子にかわらせまして―――」
「そんな言い訳が利くと思うか!」
「申し訳ありません! なにとぞ、なにとぞお許しを!」
額を床にすりつけたままの体勢で、白衣のポケットからお札型の紙切れを二枚とりだした店主は、
「地獄味噌ラーメンの割引券! こ、心ばかりのお詫びの印として!」
差しあげた。
そのなめらかな左手の動きは、どう見ても痛みをともなったものには―――。
寸時鋭い目つきを光る後頭部に据えていた彼は、
「二度とすべり込むんじゃねえ!」
一喝し、その二枚を奪った。
それからも平身低頭で器を回収した店主は、しっかり岡持を左手で持ち、そそくさと部屋を出ていった。
「まったくどいつもこいつも」
そう吐き捨て袂に割引券をしまった彼の目は、たしかに店主の左手にそそがれていた。
「あ~あ、しかたねえ、次呼べ」
億劫そうな指示に、次の被告データを出そうとした指が、誤ってポーズを解除させてしまい―――。
『やってやろうじゃないの!』
さっきまでここで聞いていた、しかし、打って変わって覇気に満ちた声がモニターから流れた。
その刹那垣間見せた彼の緩んだ頬は、割引券に対してではないはずだ。
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