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「――というのがお前の生い立ちだが、何か質問は?」
宵の森の中。焚き火を挟んで向き合い、あっさりと狩ってきた猪肉がじゅうじゅうと脂を滴り落として焼けてゆく音を聞きながら、女がネロに訊いてくる。
「どうせ何を訊いたって、『お前の意志は聞いていない』だろ?」
少年は黒い瞳でぎろりと睨み返しながら、女の様子をじっと探った。短槍は鞘ごと外して傍らに置き、血に濡れた革鎧も脱いで古い布で磨いている。油断ではない。こちらが飛びかかっても返り討ちにできるという、自信に満ちたゆえの行動だ。こうして話をしている間にネロが剣を抜いても、即座に得物をつかんでこちらの凶器を跳ね上げるだろう。実力差のありすぎる相手を見誤るほど、少年も弱くはない。だからこそ、女の余裕が殊更苛立たしかった。
だから、依頼人より先に、確認したい情報を得る事にする。
「焉獣ってのは、何だよ」
その瞬間、女が鎧を磨く手を止め、緋色の瞳に微かな動揺を見せた。が、それも束の間で、彼女はすぐに平静を取り戻して、
「名前の通り、この世界に終焉をもたらす存在さ」
と虚空を睨んだ。
トゥーレン大陸には元々、人間の理解の及ばぬ異形の生物は存在しなかった。だが、十七年前。大陸北方の空が突如真紅に染まって裂け、この世ならざる言葉で編まれた呪詛と共に炎の雨が降った。そして、赤い皮膚に覆われた翼持つ化け物が裂け目を通して現れ、大陸中に散り、人々を襲うようになったのである。
焉獣は少し傷を追わせた程度ではすぐに再生するどころか、心臓を突いても死なない。首を刎ねるしか、白兵戦で倒す方法は現状解明されていない。投石器でぺしゃんこに潰したり、火を放って骨の髄まで焼き尽くせば再生しない為、『召喚の巫女』の子が使う『魔法』ならば、多大な人的犠牲を払わなくても有効であると目されている。その為にも、『召喚の巫女』の血を継ぐ『奇跡の御子』は、希望の光として見出されなければならない存在であった。
「つくづく勝手な話だな」
ネロは舌打ちして毒づく。邪魔だからと捨てて、迎えにも来なかったくせに。いざ困ったらこんな傭兵を雇って、今まで築いた暮らしを完膚なきまでに破壊して、こちらの意志を無視して連れ戻すなど。
『王族なんて、王宮の奥でふんぞり返って、俺ら下々の者にはなあんにも手を差し伸べてくれない、偽善者の集まりさ!』
養父であった山賊の頭は、酒をかっくらって酔う度にそうやってくだを巻いていた。顔も知らない両親より、雪山で凍死寸前の自分を見つけ出して、火を焚いて、赤子の育て方などわからないだろうに、懸命に小さな命を救おうと面倒を見てくれた山賊の仲間達こそが、自分の家族だった。
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