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第1章 少年フィリップ
あなたがもし日々の生活に疲れ、どこか遠くに出かけたいと考えているのなら、海辺の町“アケルナル”を訪ねてみるといいだろう。国のはずれにある小さな田舎町で、春には色とりどりの美しい花が、夏には新鮮な海の幸と果物が、秋には真っ赤に燃える紅葉が、冬には雪が ――― と、いいたいところだが、アケルナルは温暖な地域にあるため、真冬でも雪が降ることはまずない。だが、暖炉脇で語られる宿屋の老婆の昔話は温かく、きっとあなたの心を慰めてくれるだろう。町の住人は皆明るく穏やかで、客人を熱心にもてなそうとするはずだ。その親しみ深い様子をあなたはきっと気に入ることだろう。
さて、そんなのどかな町の北外れにひとりの少年が暮らしていた。少年は迷い子だった。十余年も前になるだろうか、エリダヌス川のほとりに倒れている迷い子を旅の商人が見付け、この町の老夫婦が引き取った。迷い子は赤い玉の髪飾りをつけ、上等な絹の衣装に身を包み、古びた横笛を握りしめていた。身分の高い家の子息に見えたが、迷い子を訪ねてくる者はついぞ現れなかった。
まだ幼い少年を引き取ったのはアケルナルの町長夫妻だった。子どものいない夫妻は後継ぎができたとたいそう喜び、それはもう熱心に教え育てた。
「あなたはお養父さまの養子であることを忘れてはなりませんよ」
と、町長夫人は繰り返し少年に言い聞かせ、
「立ち居振る舞いに気を付けなさい。お養父さまの恥になってはいけません」
と、礼儀作法を厳しくしつけた。町長もまた、
「勉強に励みなさい。早く立派な紳士になって、私の後を継いでおくれ」
と、隣町から高名な学者の先生を呼び寄せ、少年の家庭教師につけるほどだった。
ただ、いささか夫妻の熱心が過ぎた。もとより飽き性の少年は勉強から逃げ回り、いつしか夫妻をも避けるようになった。そして二年前のある夜、とうとう少年は家を飛び出し、町外れの古い木こり小屋に逃げ込んだ。少年は小屋で寝起きするようになり、どれだけ夫妻が言い聞かせても家に戻ろうとはしなかった。
町の住人は少年に同情的で親切だった。年頃の男の子にしては小柄で幼く見えるが、少年は町の誰よりも速く走ることができた。住人はしばしば少年を呼び止め、
「ちょいと浜まで走っておくれよ。うちのひとったらまた弁当を忘れたの!」
「隣町のおっかさんに手紙を届けてくれないか。女房に子どもができたんだ!」
と、おつかいを頼んだ。少年がおつかいを終えると
「ご苦労さま。今日も助かったよ。お礼に何か食べたいものはあるかい?」
と、夕飯をたっぷりごちそうしてやるのだった。町で最も大きな船の親方などは
「よう、坊主。明日の漁の具合はどうだ? ん?」
と訊き、少年の返事がよいといたく喜び、お駄賃をはずむのだった。
「なぁに、坊主の勘はよく当たるんだ」
年のわりに素直で愛嬌のある少年を町の住人は可愛がり、あれこれとかいがいしく世話を焼いた。少年もまた、そんな住人を頼りにし、この気ままなひとり暮らしを存分に楽しむのだった。
黄金色に輝く髪と青い瞳を持つ少年は、名前をフィリップといった。
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