糧なる『嘘』

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「っと、よし。できた。はい、それではお釣りがこちらでお間違いはないですか? はい、すみません。お時間をおかけしてしまった。はい、いえ。彼じゃくて機会に問題が、あぁ、はいこちらの責任です。お待たせしてしまい本当に申し訳ございません。はい、はい。えぇ、それでは、ありがとうございました。またのご来店お待ちしております」  ニコニコ笑顔の店長がそうやってお客さんを帰した後、ふいに疲れた顔をみせた。そのまま僕にもあの作った笑顔を向けた。 「ごめんね、最近レジ調子悪いからさ。エラー出ると焦っちゃうよね」 「あ、はい。すみません。ありがとうございます」  チグハグな物言いでそういったが、別段興味なさげに店長は笑顔のまま頷いて奥の事務所のほうに向かっていった。  その様子をみて一息ついた僕に厨房のほうから大きな声が投げられた。 「中西さん? 手が空いたなら皿下げるくらいやってくれない? 人手足りないのわかっている?」 「あっ、すみません。10番テーブルですかね?」 「しらないわよ。お客さんがレジ通ったってことはどこか空いたってことでしょ! そこから下げてきてっていってるの!」 「はい、すみません」  奥田さんから怒られて、表に出ると盆に皿を乗せた清水君とすれ違った。 「あっ、それ。今のお客さんのやつ?」  そう聞いた瞬間。清水君の眉がピクリと動いて、渋い表情になった。 「今のお客さん?」  しかしすぐに納得いったように。 「あぁ、そうですそうです。いまお会計していったひとたちのですよ。それがどうか?」 「あっ、いや。なんでもない。ありがとうね」  清水君は納得いってないように厨房のほうに向かった。それもそうだろう、もともと皿を戻すのは清水君の仕事なんだから、僕がやることじゃない。 そうしていると、またお客さんが入ってきて店内にポーンと入店時の音が響いた。 「中西さんー? ご案内してー」  奥田さんの声が響いた。  すぐに動いて、お客さんを席まで案内したが、「こっちの席でいいですか?」と別の席を指された。  どうやら、日差しを気にしていたみたいで窓際が嫌だったみたいだ。 「はい、大丈夫ですよ」  気遣いができないやつだなーっと心の中で僕が呟いた。  ほかでもない僕が。  席に着いたお客さん用のお冷を取りに行く。途中、店長が奥田さんに「声出しすぎですよ」と注意していた。今のご時世、皆いろいろ敏感だから厨房で声出して唾が料理にかかってるんじゃないかとクレームをつける人がいると、店長が愚痴っていたのを思い出す。  安田さんは「はいはい」と言いながらも僕やほかの従業員に対しての愚痴をこぼしていた。私だけじゃなくほかの従業員もこういった部分で注意するべきだと。  店長も「はいはい」と疲れた作り笑みを浮かべる。  そんな二人をじっと見ていたからだろう、水を入れすぎて、少しだけ地面にこぼれた。  後できれいにしとかないといけない。  そんなひと手間増やしてしまったうっかりがひどく僕を責め立てる。こぼした水の奥深くで誰かが僕にがっかりしている。 「注文いいですかー?」  来店してきた人とは別の席で、手が上がる。盆に置いた水を見つめた後に僕はお客さんに微笑んだ。 「はーい。かしこまりましたー。すぐ伺いますので少々おまちくださーい」  普段の僕とはちがう。こんな時にはしっかりと言葉が出るしよく通る。 「はーい」とお客さんは返事をしてスマホを触りだす。  水を渡しに行くと、その席のお客さんも注文を言い出した。「いいですか?」とも聞かずにいきなり「チーズハンバーグにライス中を付けて、あとカルボナーラとドリンクバーね」と言い放った。急いでそれを端末に入力して繰り返す。  そして戻ると、店長がニコニコ笑顔でさっき手を挙げていたお客さんの対応をしていた。そしてまた、一瞬だけ疲れた顔を見せて、「そっちは問題なかった?」と僕に聞いてきた。 「はい。特に」 「そっか、まぁ。そろそろピークは過ぎるから。かんばろう」  そういって、また事務所のほうに駆け込んでいく。結局奥田さんの愚痴を僕には伝えなかった。
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