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悪いってほどでもないけど。なんか、ここにいるとよく言葉が零れ落ちる。やっといってと言われて「はい」と答えたのに、僕はやらなかった。すぐに伺いますといったのに、別の人の対応をした。店長は奥田さんに注意してといわれてはいと答えたのに伝えない。
契約の社会だ。大小さまざまな約束が一秒の間に何度も生まれる。そうして、零れ落ちて、成しえなかった約束が小さな嘘となって蓄積する。
僕の人生、このまま足跡のように嘘を残して生きていくのだろうか。
「中西さんは家ではどんな生活をおくってるんですかー?」
ピークが過ぎ去ると、僕らは暇になる。お客さんが来ることもあるがゆっくりする人ばかりだから、そこまで慌てることもない。
奥田さんは自分でまかないを作って席について食べている。店長は相変わらず事務所に引きこもっている。
厨房の整理作業をボーッとやっていると清水君が入ってきてそう聞いてきたのだ。
僕は答えずにその質問の心理を探っていた。清水君はあきれたように笑った。
「いや、俺の部活の先輩であまりしゃべらない人がいるんですよ。でもその人、家ではパンツ一枚で、ビール片手にコメディ映画みてげらげら笑うのが趣味だったんですよ。なんか、その話聞いたとき、面白いなーっておもって。考えたら、中西さんも実は家ではとかありそうだなって」
僕はそーっと視線を逃がしてしまった。思わず持っていた皿を落としそうになる。
そのせいで、清水君はさらに興味を持ったようだった。
「犬とか飼ってないんですか? ほら、怖そうな芸能人が飼い犬の前ではデレデレとかあるじゃないですか」
僕は思わず苦笑いをしてしまった。
作った苦笑い。
「ごめんね。僕は家でもこんな感じだよ。趣味もね、あんまりないんだ。ゲームとか。でも、そこまで本気じゃないし、休日はボーッと寝て過ごして終わってる」
清水君は『まぁ、そんなもんですよね』って気遣うように笑って作業に入った。
さっきまで小さな嘘のことで疑問を感じていた僕なのに。
なんで、こうもあからさまな嘘は堂々と演じられるのだろうか。
どうしてこんな罪が、ここまで誇らしいのだろうか。
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