2章:出会い(はじまり)

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2章:出会い(はじまり)

 「で?盗んだものを何処にやった?」  高圧的なお巡りさんが手錠で身動きの取れない僕に対してそう詰め寄る。  大きな体躯。ブラウンの髪にブラウンの瞳。コートもブラウン。大きな茶色い人だった。外国人であろうか?  「盗んだもの…?とは。なんですか?」  おっかない顔を近づけて睨みつけてくる男に精一杯余裕を演出して首を傾げる。なんだって?盗んだ?  「とぼけるな!お前がバンクさんを殴って金庫の中身を盗んだんだろ!」  ………。あー。さっきの倒れてた人か…。  いや、待て!もしかして僕がやった事になっている?そんな訳無いだろ!…そんな訳…。そんな…。  そう心の中で思いたかった。が、俺にはそう断言するだけの自信が無かった。自分が自分であることの実感が無かった。というのも…  「……僕は、誰だ?」  記憶が無くなっていた。銀行で寝る前の段階がすっぽりと。まるで自分が生まれたのがついさっき、あの部屋であったかの如く。自分の名前を知らず、どう生きていたかも分からない。それなのに何故か言葉を喋ることが出来、その意味が解り、ここに居た。  「ふざけるのもいい加減にしろ!何が『僕は誰だ?』だ!」  目の前の茶色のお巡りがキスする勢いで顔を近づけ睨みつける。  「本当です。知らないんです。記憶が全然無くて、気付いたらあの部屋で寝てて、で、そしたらいつの間にかこんな風に…。全然思い出せないんです。」  警官の顔が更に険しくなる。  「じゃぁお前が何をしたか教えてやろう自称記憶喪失の某。お前は先ずこの銀行に忍び込み、金庫から金を盗んだ。で、バンクさんが来たのに気づいて殴った。だが外が騒がしくなり、逃げ場を無くしたんで都合の良く記憶喪失になった!そう言う事だ。」  勝ち誇ったような、見下すような顔で僕を見下ろす。  どうしよう。「僕がやっていない。」とは言い切れない。だからと言ってこのままだと何も分からないまま捕まる。この警官は僕が犯人だと決めつけている。間違いなく僕が犯人だという前提で考えて、例え真犯人が居たって僕が犯人だというだろう。  「そんな…」  体が冷たくなる。血の気が引くのが分かる。犯人じゃないと叫ぶか?いや、逆効果だ。どうしよう?どうすれば?僕が犯人なのか?イヤ、分からない。犯人は別にいる?それも分からない。  どうして?どうしろと?どうしよう?どうすれば……?  「ちょっと、困ります!止まって下さい。」  「ブラウン警部!犯人は彼方だ!」  誰かを制止する声。  その後に響いた聞き覚えの無い声が頭の中の声を吹き飛ばす。いつの間にか睨みつける警官の後ろに青年が居た。歳は僕と変わらないくらいだろうか?10代後半から20代の青年が左腕に茶色の紙袋を抱え、右腕を弓や槍のように真っ直ぐに伸ばして茶色の男を指差してそう言った。声の主は彼だろう。  「アァ!?何を言って…バーネット!!貴様誰が来ていいと言った!!貴様も何故コイツを入れた!?」  青年の声を聞き、怒りを露わに振り向く。先程の僕に対する以上に怒りを露わにしていた。  制止を試みていた警官が怒られる。  「ここは銀行。警部が良いと言おうが悪いと言おうが来るのは俺の勝手ですよ。それよりも。犯人は彼方だ!ブラウン警部!」  紙袋を持った青年は再度右腕を真っ直ぐに、肩から指先までを一本の直線にして警部と呼ぶ目の前の男を指差した。  「寝惚けるな!最近チヤホヤされてるからって名探偵面しやがって!貴様のような素人探偵風情が!名誉棄損だぞ貴様!」  怒りが爆発する。ここからは見えないが顔は真っ赤だろう。部屋に怒声が鳴り響き、空気が割れるようなビリビリした音がする。それに負けず、にっこり笑って青年は言った。  「無実の青年捕まえて『お前が犯人だぁ!』。なーんて、迷走推理しておいて他人を素人探偵風情なんて、よーくもまぁ抜かせますねぇ………この。ヘボ警官。」  こちらは静かではあるが、喧嘩口調で応戦する。声こそ冷静だが煽り方が凄まじい。  「何を馬鹿な事を言ってるんだ!いいか!現場はこの店長室!部屋には鍵がかかり、唯一のカギは店長の懐にあった!中には二人、コイツとバンクさんだけ!なら犯人はこいつしかいないだろ!無実な訳無い!」  凄い剣幕。  「全く、馬鹿ですか?犯人が何だってこんな所に居座ってるんですか?普通逃げるでしょ?壊れた扉からして不審に思った行員が鍵を壊してこの状況を発見したんでしょう。逃げたい奴が何故カギ閉めんの?」  怒り心頭だった警部が言葉に詰まる。  「それは、行員が部屋の外に居て、出るに出られず……。」  「そもそも、どうやってあの部屋に入ったの?この部屋は行員たちの窓口の奥の方にある。行員の目を盗んで部外者がここまで来るのは事実上不可能だ。現に僕ここに来る前に見張りの警官に見つかった。」  「うぅん、えぇい!簡単だ!この男は昨晩からここに忍び込み、金庫を開けていた。だが店長が来てしまい、慌てたからこうなったのだ!」  苦し紛れに応戦する。  「成程。確かに。金庫を開ける腕前が有るなら警備を掻い潜って侵入することも出来よう。が、そんなことの出来る凄腕がなんで見つかるようなヘマするんですか?」  警部が言葉に詰まり、唸り声のようなものを上げる。  それを無視して更に青年は畳みかける。  「もっと言えばこの部屋の異常を感じた時点で店長さんは声を上げるなりの何らかのアクションを起こした筈でしょ?なのに行員が不審がるまで時間が有った。つまり、店長さんは見知った人間に殴られたか背後から一撃されたかで声を上げる間もなく気絶した。という事ではありませんか?」  「そんな訳…そうだ扉。扉の後ろに隠れていたんだ。だから気付かずに…」  「だから!部屋に入って、金庫があんな風に露骨に開いてて、それで何も他の行員に言わないなんて不自然でしょう?扉空けた時点で騒ぎ出す可能性が有るのに、扉の後ろでスタンバってても襲う前に騒ぎ出したら意味無いでしょう!」 言葉が出て来ない。  「というか、さっきから凶器探しているんだけど無いですよね?どうやって殴ったんです?この状態で部屋の中に居たってだけで犯人扱いなんて何やってるんです警部?」  「ぬ゛ぅぅぅぅぁぁぁぁぁぁぁ!!」  後ろから見ただけで解る。警部の顔は今、血管が浮き出ている。  「と、いう訳で。当然のこととして、この人は釈放です。」  警部をスルーし、僕の後ろに回り込んでガチャガチャと手錠を弄っていたかと思うと  ガチャン  手錠が外された。  「………ハッ!オイお前!なんで手錠の鍵を持ってるんだ!?」  「ひひひ。さっき隙を見てスッておきました。」  鍵を振り回しながら悪戯っぽく笑う。鍵を回しながらその顔をこちらに向ける。  「で、君が強盗をやっていないのは何となく推理できたけど…誰が犯人なのかは分からない。で、犯人が捕まらない限りこの警部は君に付きまとう。どうする?僕はこのまま帰ろうかなって思うんだけど。もし君が我がルイス探偵社に依頼するのなら無罪を見事証明しようと思うんだけど…。ついでに君の身元とかも探すよ?」  青年がそう言って耳打ちしてきた。願ってもない話だ。自分が誰かも解らないまま、誰が僕を陥れたかも分からないままここを去るのは心苦しい。  「お願いします。」  「よーし!じゃぁ事件の調査だ。君も手伝ってくれ……そういえば君。名前どうしよう?忘れていても名無しのままじゃぁ不便でしょう?」  「……。そうですね。それじゃぁ……」  相変わらず記憶が無い。自分が誰かも解らない。が、次の一言は迷いなく紡がれた。  「僕の名前は…取り敢えず、カモヤ=ショウヘイ。ということにしてくれ。」  「じゃぁカモヤ。まずは証言を訊くぞ。」
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