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8章:推理の始まり そして僕の始まり
「ルイス。本当だろうな?解りそうだっていうのは。」
店長室の中をぐるぐるしながら辺りを見て回る挙動不審の男に対して僕はそう言った。
「解りそうじゃない。解ったんだ、多分な。君も僕と同じものを見ている筈だ。考えてみてくれ。もし、その推理が僕と同じなら、当たっているだろう。」
「推理……。ふぅむ。推理。」
目の前に広がる光景。
店長室の扉は壊され、部屋の中は詰め込まれた本棚。目を惹く血だまり。そしてその近くには折れた角材。部屋の最奥には大口を開けた金庫が鎮座し、その前には机がある。
「んー…………。見当もつかない。そういえば君に乗せられて何だか助手をやっていて忘れていたが、僕は犯人なのか?」
その問いに対して勿体ぶったように探偵は否定する。
「残念ハズレ。君はこの事件の犯人ではない。良かったな。」
「じゃぁ、いったい誰が……。」
「それは警部たちが戻ってきてから話そう。」
本棚を押したり引っぱったりするような真似をしながらそう言った。
「オイ、バーネット。犯人逮捕から戻ってみればお前が「事件は解決した。」なんて世迷い言を抜かしている。と聞いたんだが、これは一体どういうことだ?」
例の茶色い警部。ブラウン警部が不気味な微笑みを顔に張り付けながら僕たちを睨んできた。表情が笑っていないし不気味な挙句目が完全に怒り狂っているため僕は今すぐにでも逃げ出したい。
「本当のことですよ警部。今からそれを警部にお聞かせいたしましょう。」
逃げたい僕を無視して余裕綽々で煽る煽る。もしこれで外れていたら、僕は彼を殴って別件逮捕されるだろう。
「ほー。なら、聞かせてもらおう。」
青筋をビキビキと音を立てそうなまでに浮き上がらせ、歯を食いしばりながらも彼は懸命に、冷静に、話を聞いていた。
「先ず、この事件の犯人ですが、それはここに居るカモヤ君ではありません。理由はさっき言ったようなものです。」
端的に僕の無実を主張してくれる辺り、感謝したいのだが、警部を煽った分で相殺されたためお礼は言わない。
「ほー。じゃぁバンクさんを殴った犯人と金庫の中を空にした犯人は他に居ると…。それは一体誰かね?」
「バンクさんを殴った犯人はいません。強いて言えば犯人は彼自身です。」
何を言っているかよく解らなかった。え?バンクさんが自分で自分を殴ったってこと?
「フンッ!馬鹿馬鹿しい。俺は貴様の妄言に付き合うために来た訳じゃない。」
ブラウン警部は鼻で笑って馬鹿にする。が、ルイスは真面目そのものの顔である。
「では、まず最初に、金庫の方から解決していきましょう。そのままの流れでバンクさんの謎に繋がりますのでご清聴をお願いします。」
そう言って金庫に歩を進めるルイス。
「先ず、この金庫がどうやって開いたのか?この金庫を見てわかると思いますが、開けるには金庫のカギと36の数字が刻まれた3つのダイヤルの防犯機構をクリアしなければなりません。しかし、開け方を知っているバンクさんなら開けるのは容易。つまり、この金庫を開けたのはバンクさんです。」
「ハァ、貴様私をなめるのもいい加減にしろバーネット!じゃぁバンクさんが犯人とグルで金庫の中身を盗んだ。とでも言いたいのか?馬鹿馬鹿しい。」
「警部。一つお訊きします。」
「何だ?」
「金庫の中身は何ですか?」
「………。そりゃぁ普通は現金やら金の延べ棒やらが入っているんじゃないか?」
「違います警部。私が訊いているのは『この金庫の中に何が入っていたか?』という事です。もっと言えば、本当に金庫に中身が入っていたのか?という事です。」
そう、僕たちは行員から証言を訊いたものの、誰一人その中にあるものを知らなかったのだ。僕は金庫内に重要な品物が入っていたから見せなかったのだと思っていた。
が、
もう一つの可能性が有った。
何も入っていなかったから見せたくなかった可能性もあったのだ。
「もし、金庫の中が元から空っぽであったなら、バンクさんが金庫を開けた段階で気絶すればあっという間に『金庫の中身が盗まれた。』という構図の出来上がりです。」
「バーネット。しかしだ、それには何の根拠もない。金庫が空だったなんて突拍子も無い話を信じる証拠が。無い。」
「警部。金庫の中を見ましたか?床に埃が積もっているのが見えません?」
それを聞いた警部が金庫に近寄ってその中を見る。
「……。確かに、うっすらに積もっているな。成程。何かが置いてあった形跡はないな。」
納得はしてくれたようだ。
「そう。つまりこの金庫は基本的に使用されていなかった訳です。では何故か?ここの銀行にそんな金庫に入れるようなものが無かった?否。入れる者が無いならバンクさんがここの銀行に来た時点で新しい金庫を用意する意味は無い筈。何故か?金庫を囮にしたかったからです。」
「………?」
ブラウン警部も僕もここまでは解っていたが、ここから意味不明になった。
「要は…この金庫の中にお宝が有るんだろう。と強盗に思わせて本当の金庫の場所を隠したんです。では、本当の場所は何処かというと。……この本棚に注目。」
指の先にはギッチギチの本棚。それ以外にはない。これが何だと?
「店長は司書を目指していて本が好きだったそうです。しかし、ここまで本をギチギチに詰めると、本を取り出すときに本を傷めてしまいます。そんな本の入れ方を何故?彼は実行していたか?答えはこれです。」
そう言ってバンクさんが倒れていた横の本棚の棚板に手を掛け、持ち上げるような動きをしたかと思うと
ガコン
本棚が浮いた。そして回った。
「ルイス!」
「バーネット!」
「「これはどういうことだ!?」」
警部と僕の声が揃った。
「隠し扉ですよ。正確には隠し金庫ですけど。司書を目指していたのに本の扱いがこの部屋だけ雑だったんでちょっと見てみたらホラ。」
本棚が回転して出て来た隙間から覗くのは金庫であった。
「本を仕舞うとき、キッチリ隙間なく詰め込むのは本を取り出すときに本を傷めるんです。だから、一冊分隙間を空けて本は仕舞うのが本の良い仕舞い方。しかし、ここの本棚は隙間なくキッチリ詰め込んである。店長さんはそう言った知識をお持ちでなかったのかとも思いましたが、彼は本好きだと聞きましたし、外の本棚にはキッチリ一冊分。隙間が有りました。
つまり、彼はワザとこの店長室の本棚だけ隙間を無くしていました。しかもこれ以上無く。だから、何かあると思いました。」
「しかし、バーネット。それが何で隠しドアに繋がる?本の隙間も、本棚の裏に何かを隠したかっただけかもしれんぞ?」
ブラウン警部が反論をする。そうだ、彼は僕と一緒に居て隠し扉を一度も作動させていない。つまり、今、確信をもって仕掛けを起動した。その確信は何処から来たんだ?
「あー、それをこれから話します。」
そう言って彼は本棚を床と平行に、つまり、仕掛けを90度回転させた。金庫が丁度本棚と床の間から顔をのぞかせている。
「この状態で金庫を開けるように出来ているのでしょう。ですが、この仕掛け。特にこの状態で固定されていないんですよ。で。これです。」
そう言って取り出したのは角材。先程の角材であった。
「これを本棚にっと。ほら、これが角材の本来の役割です。」
倒れた本棚に角材を差し入れることで本棚を固定していた。本棚のあの不自然な凹み。………そうかあの跡は角材をつっかえ棒にしていた跡だったのか。
「おい、それが凶器でないことは解った。金庫の中身がそこに有るだろう。というお前の仮説も解った。だが、店長を殴ったのは誰だ?そして…何故そんな面倒な隠し方を店長はしていた?」
ブラウン警部はまだ険しい顔のままだ。
「警部……。この状況。解りませんか?ほら。あそこ。金庫のあそこを見てください。」
そう言って指を指す先には金庫。
「んー?何がだ?ちょっと待て。よく見せろ。」
そう言って金庫に近付いていく。あ。そう言う事か。
「ん?成程。そう言う事か。」
「警部殿も気付いたみたいだし、簡単にまとめると。そこの絨毯の平行な跡はそこの金庫に這いつくばって近づいた跡だったんです。」
大人が金庫に近付こうとすると、当然本棚の下に潜り込まなければならない。その時に丁度赤ちゃんのように這い這いの状態になって絨毯に平行な引きずった跡が出来た。という訳だ。
「さーぁ…後は殴打の犯人なんだけど…。これももう半分解ったようなものだよね?」
そう言って僕のことを見つめる。
「………。もしかして、」
「そう、バンクさんは角材を何かの拍子に引っ掻けて外してしまったのです。本棚は回転して元の場所に戻ろうとして………バンクさんの頭にドン!本棚を誤魔化しの為にギチギチに詰め込んでいたことが仇になってしまったようですね。」
そう言いつつ本棚を支える角材を蹴る。
支えを失った本棚はあるべき状態に戻るべく、回転し、金庫を隠した。
重く、速い、『本棚』と言う鈍器の力を目の当たりにした。
「で、バンクさんがどうしてあんなことになったかは分かった。が、何故こんな手の込んだ隠し方をしたんだ?言っちゃ悪いが、この銀行にそんな宝が有りそうには見えんぞ?」
ブラウン警部が指摘する。
確かにそうだ。わざわざあんな立派な金庫を持っていながらそれを使わずに隠し金庫を使っている。
何故だ?
しかも、彼はその事を恐らく行員に知らせていない。でなければその事を行員たちから聞けていた筈だ。
「ここからは、想像になります。何せこの想像が正しいならバンクさんは決して口を開いてくれないでしょうからね。」
そう言って彼は話を始めた。
「こんな隠し金庫が出来たのは多分二年前。バンクさんがここに転勤してきた頃からでしょう。その頃に金庫が変ったから多分そうでしょう。そうでも無ければこの規模の仕掛けを作れるチャンスなんて無い。
で、バンクさん、彼は元々銀行の本店の偉い人だったそうなのです。が、どうやら二年前に左遷させられたそうなのです。
ですがコレ、左遷人事ではありません。
この通り、隠し金庫なんてものを設置している辺り、ヘマをして飛ばされた人間が居るべき部屋じゃない。むしろ逆。信用されているからこそここに居る。と考えた方が自然です。
ここで考えました。この中には何があるのか?
本店からの預かり物。ないしは貴重品。
わざわざ偉い奴を左遷&金庫をダミーにするのなら、そう考えるのが妥当でしょう。
つまりここは銀行内の重要案件の金庫になっていたんです。
金庫もそうですが、彼の徹底した戸締り、扉の鍵。これらから考えたのはそうなんですが…………。」
「えぇ、大体あっています。まるでそこに居たかのように。」
後ろを振り舞えると頭を包帯でグルグル巻きにした男性が居た。
その顔には見覚えがあった。その時には包帯は無く、頭が真っ赤になっていたが……。
「バンクさん!大丈夫ですか?」
ブラウン警部が大きな声で男性ににじり寄る。そうか、アレがバンクさんか。
「やったぜ!あってた。いやぁー、調査もなしに適当に考えただけだったから外れてたらどうしようかと思っていました。」
この探偵、ぶっちゃけやがった!でもさっき、「大体あってる」って……。適当に考えてそこまで……。
「皆さん、ご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした。特に……そちらの方。冤罪で不快な思いをさせてしまい申し訳ありませんでした。」
そう言って包帯が巻かれて痛々しい頭を下げ、謝罪する。
「いえいえ、こちらこそ。あのー……、私、貴方の事を殴ってませんよね?」
一応訊く。ここが一番大事だ。肋骨の中で心臓が跳ね回る。
「いいえ、貴方は何もしていません。今回の件は私が不注意で転び、本棚に頭を打っただけ。申し訳ありません。虫のいいことだというのは解っていますが、そういう事にして頂けませんか?」
頭を上げると探偵、警部、僕の三人を見てそう言った。
「成程、事件をおおっぴらにすると金庫の件に触れざるを得ない。それは避けたいから転んだことにして欲しいって事ですね?」
「はい、出来れば………」
控え目に、無言で懇願してくる。
「私は犯罪が無ければそれ以上は求めない。それに私は警察官。口は堅い!」
巨大で極厚の鉄塊の様な胸板を反らしてそう言った。
「僕は別に。金庫の中身覗きたい欲求は一寸あるけど。僕も探偵。守秘義務はあるよ。」
物騒なセリフがあったが無視しておこう。
かくいう僕は
「別に良いです。面白い体験が出来たので……。」
行員たちへの説明は以下のようなものだった。
金庫は丁度空で締め忘れてしまっていた。
その時うっかり転んでしまい、本棚に頭を打ち付けたこと
その時、丁度朝早くから来ていた本店の行員がそれを見て介抱しようとして同じく頭を強打。
そういう訳であんな状況が出来上がった。
非常に苦しい言い訳かと思ったが、行員たちに信用されているバンクさんが言ったことで事態は直ぐに収束していった。
これにて事件は御仕舞。
めでたしめでたし。
じゃない!
バーネットに対して出した僕の依頼。「無罪証明」は達成された。
しかし、「僕が誰か」と言う事は暴かれていない。
僕は……誰だ?
そんなことを思いながら取り敢えず銀行から出る事になった。
事件でないのなら僕らが居る意味は無い。早々に警察同様撤収した僕とバーネット。
銀行の扉を開けて気分爽快な屋外へ出て行った。
「!」
絶句してしまった。
気分爽快な屋外をイメージしていた所為で屋外の排気ガスに辟易してしまった訳では無かった。
外が鬱蒼としたコンクリートジャングルで、予想以上に閉塞感が有ったわけでも無かった。
車の騒音で耳が痛くなったわけでも無かった。
と言うか………無かった。
排気ガスが無かった。
コンクリートが無かった。
車が無かった。
目の前にある光景は
馬車が走り、
レンガのようなものが積み上げられ、
馬の嘶きが聞こえた。
とても僕の居た現代とは違っていた
?
現代
違う?
これが?
排気ガス?
コンクリート?ジャングル?
車?
そう言えばおかしな点があった。
金庫が電子ロックでは無かった。
警察の人達が指紋やDNAを採取していなかった。
電話が古かった。
僕の記憶
僕の居た世界
異世界
タイムスリップ
エルランド
僕は
ここは
どうして
何?
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頭の中で起きた情報の洪水、情報の齟齬、
記憶喪失からの記憶過多
それが僕にもたらしたものは
バタ!
意識と世界が絶たれた。
異世界の探偵と転移した僕の物語はここから始った。
ここが初めだった。
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