音楽室のふたり

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「あのさあ、今まで黙ってたけど、実はアタシ、男なんだ!」  アタシは友達に向けて渾身(こんしん)の嘘を放った!  アタシの名前は夏子。友だちからはナツと呼ばれている。4月から高校2年生になる女子高生。吹奏楽部に所属している。  春うららかなお昼寝日和の本日は4月1日。そう、世間一般で言うところのエイプリルフールなのだ。 「ナツって男だったんだ。じゃあ、スカート()いてたらダメじゃない。先生に頼んでズボンもらってこようか?」  冷静に応えたのは、同級生でアタシと同じく吹奏楽部に所属しているアンズ。いつも冷静沈着で、アンズの驚いた顔って見たことないんだよね。  あっ、でもそれって別に、アンズが冷たい人間だってことじゃないんだよ? アンズは仲間思いの優しい子で、いつも友だちのことを気にかけてくれる、まるで女神様みたいな女の子なんだ。  うーん、それにしても…… 今の嘘は、ちょっとバカっぽかったかな。でも仕方ない、アタシはバカなのだから。赤点スレスレでなんとか進級するほどバカなのだ。でもいいんだ。だってアタシは、バカな自分が大好きなんだから!  アタシとアンズは今、音楽室でおしゃべりに花を咲かせている。今は春休み中で授業はお休み。部活も今日は休みなんだけど、珍しくアンズが一緒にアンサンブル——少人数での合奏って言えばいいのかな——の練習をしようって言ってきたんだ。  さて、アタシはメゲずに、続けて嘘の第2弾をアンズに放つ! 「アンサンブルの練習するのって久しぶりだね。なんだかアタシ、久しぶり過ぎてゾクゾクしてきちゃった。なんかアンサンブルじゃなくって、『炭酸(タンサン)のプール』に入ってるみたい!」 「……今日はエイプリルフールだよね? エイプリルフールって嘘をついてもいい日であって、ダジャレを言う日じゃないよ?」 「そ、それぐらい知ってるよ! 今のは(いきお)(あま)ったって言うか……」 「本来の目的を見失っちゃダメだよ?」  ふふふ、と上品に笑いながらアンズがつぶやいた。  アンズってば、本当に冷静だ。でも…… 今、目的って言いましたね。ふっふっふ、アタシの本日の目的。それは単に嘘をつくことじゃない。普段冷静沈着なアンズを、これでもかってほどビックリさせることなんだ! アンズの驚いた顔を一度でいいから見てみたいんだよ。 「他のみんなは、まだ()ないのかな……」 とか言いながら、次の嘘を放つタイミングを探るアタシ。  今日、音楽室には5人のメンバーが集まることになっている。去年の冬、一緒にアンサンブルを演奏した仲間達だ。アンズがみんなに声をかけてくれたみたい。アンズから連絡をもらった時、アタシはもう、大喜びしたよ。だってアタシ、アンサンブルが大好きなんだ!  アンズを驚かせるのも楽しみだし、アンサンブルも楽しみだし。気づけばアタシ、集合時間よりもかなり早く学校に着いちゃったみたい。でも、アンズはアタシより早く音楽室に来てたから、ちょっと驚いちゃった。  ひょっとしてアンズってば、アタシを驚かそうとして気合が入ってるのか? いや、そんなわけないか、アタシじゃあるまいし…… アンズは責任感の強い子なのだ。  他のメンバーが揃うまで、まだ時間がありそうだ。じゃあ、まずはアンズを驚かせることに集中するとしますか。  アタシは楽譜をめくりながら、さりげなく嘘の第3弾を…… あれ? さっきのはダジャレだったから、これが第2弾? えっと…… とにかく放つ! 「あのさあ、音符のことオタマジャクシって言うじゃない。あれって昔は、本当にオタマジャクシを五線紙の上に乗せてたんだって」 「へえ…… じゃあ、早く演奏してあげないと、カエルになっちゃうね?」 「……あっ、アンズ、鉛筆使ってるんだ。ねえ、知ってる? 鉛筆の芯って食べられるんだよ」 「ああ…… だからナツはよくお腹が痛くなるんだね。私、ティッシュ持ってるから、お腹が痛くなったら早めに言ってね?」 「…………あっ、アンズ、カワイイ消しゴム使ってるね。ねえ、知ってる? 消しゴムのカスをいっぱい貯めると、お金持ちになるんだって」 「もう…… 汚いから、早く捨てた方がいいよ?」 「……………………えー、ちょっと待ってね。今、考えてるから……」 「えっと…… これって、私が(だま)されるまで続くの? だんだん嘘の内容が、(ざつ)になってきてるよ?」  まじまじとアタシを見つめながらつぶやくアンズ。 「ああー! アタシには無理だ! どうやっても、アンズを(だま)すことなんて出来ないや! 」 「ふふ、よく頑張ったね、ナツ」  優しい微笑みを浮かべてアタシを見つめるアンズ。 「ちぇっ、せっかくアンズの驚いた顔が見られるかもって期待してたのに。ねえ、今日はエイプリルフールだから、アンズだってアタシに嘘ついてもいいんだよ? あっ、でもアンズは真面目だから、嘘なんてつかないよね」 「そんなことないよ」 「またまた。アンズは真面目だって。それにしてもみんな、なかなか集まらないね。ちょっとタルんでるんじゃないの?」 「そんなことないよ」 「もう、まったくアンズは真面目なんだから。アタシ、みんなに連絡しようか?」 「しなくていいよ。みんな()ないから」 「えっ、どういうこと?」  アタシは驚いてアンズを見つめる。すると——  アンズはカバンから、教科書とノートを取り出した。 「え? アンズ、これから勉強でもする気?」 「ねえ、ナツ。今日は何の日?」 「え? エイプリルフールだけど?」 「もう一度言うね。みんなは()ないから」 「え? それって…… ああっっっ!!! ひょっとして、アンズ! 嘘ついてアタシを(だま)したの!?」 「ナツ、3学期の成績、赤点ギリギリだったんでしょ? 今年はなんとか進級できたけど、このままじゃ、3年生になれないよ?」 「うっ……」 「一緒に勉強しようって言っても、楽器の練習が忙しいってばかり言って……」 「スミマセン……」 「じゃあ早速(さっそく)、3学期の復習から始めるよ?」 「(だま)された……  アンズの嘘つき……  でも…………  ありがとう!」 「ふふ。ナツはアンサンブルが好きだから、絶対、(だま)されて学校に来ると思ったんだ。ゴメンね、嘘ついて」  こうしてアタシは心優しいアンズと一緒に、日が落ちるまで音楽室で勉強したのであった。  なんだか…… こういう思いやりのある嘘なら、エイプリルフールとか関係なく、また(だま)されてもいいかなって思った。
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