9. セリフは嘘つき

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9. セリフは嘘つき

目撃してしまった。 たろちんが女と一緒にいるところ。 早シフトだったため上がりが早く、夕飯の買い出しを済ませてからの帰り道。家の近所でこんな光景を見かけるとは。 肩よりも長いサラサラ髪が風で揺れている女。ベージュのロングニットに白い長い丈フレアスカートをはいた女。スカートの裾が風で少しふくらんでシルエットがいかにも女。女。女! たろちんも女も楽しげに笑っていた。 女は歯並びが良く、笑うと可愛らしくみえた。造形よりも愛嬌タイプの女だ。その女と嬉しそうに話すたろちん。 たろちんの格好は黒のタイトなニット素材のブルゾンに黒のジーンズ。 俺と一緒にウニクロに買いに行ったやつだ。大量の蘊蓄を語りながら嫌がるたろちんを黙らせながら俺が選んだやつ。たろちんには、すごく似合ってる。 *** たろちんは、おしゃれとはほど遠い奴で、ダメージチノパン、股ずれ穴あきジーンズ、襟首よれよれ色がくすんだホワイトTシャツとか、すごいコレクションの持ち主だった。 ――絶対一緒に……歩きたく……ねぇ。 それがコレクションを見た俺の率直な感想だった。 「それ、まだ着れるー」 俺は抵抗勢力から、薄汚れたベージュに染まった白Tシャツを奪い取り炭酸カルシウム入り45リットルの袋に勢いをつけ放り込んだ。 「おまえの処分基準はなんなんだ!」 いちいち入る抵抗に予想以上の疲労がたまる。苛立ちがつのり言葉じりがキツくなる。 「うーん、お尻に穴が空いたらかな」 尻に穴が空いていなければ、裾がフリンジみたいにベロベロになっててもいいのか。 尻部分がシースルーみたいに透け感にあふれてもいいのか。 そうか、そうなのか。 俺の気力は辛うじて浮くヘリウム風船のをようなものだったのだが、見えない穴からガスは抜けていく。 俺は気力風船に無理やりガスを充填し、奴に穴の状態がマシなズボンと、へたれとくすみが少ないTシャツを着させて、近くのウニクロに乗り込んだのだった。 ウニクロには秋物の新作が店頭に並んでいた。店内の配色が色濃くなっている気がする。 棚周りを歩いてみると天井近くのマネキンが着ていたニットブルゾンが気になった。 ウールと綿ニットが組み合わされ、ファスナーには割とかっちりとしたスライダーがついていた。 まっさらな白Tシャツ、細身の黒チノに合わせたら、長身のたろちんに似合うんじゃないか。 選んだ服を試着してもらった。 体にフィットしたスリムな感じで割と似合っている。意外とたろちんはスタイルがよく顔が小さい。 普段から母親がスーパーで買ってきたような、だぼだぼ服をくすんでよれよれになるまで着るから、スタイルの良さが一切見えない。 「体のラインを出した方が、かっこいい」 全身を眺め感心する俺をよそに、試着室のたろちんはそわそわして挙動が不審だ。 「これでいいから、もう帰ろう。……家に帰りたい」 落ち着かないたろちんをなだめながら、俺が見立てた追加の服も併せ試着し購入。我ながら良い仕事をしたと満足感に浸りながら帰宅したのだった。 行きつけのワンプライス理髪店から美容室に連れてった。慣れない環境にさらに怯えるたろちん。まるで水に濡れてプルプルしているチワワみたいだ。美容師さんに髪型についてお願いをして終わり頃に迎えに行くと別人がそこに居た。 *** 服と髪型を変えただけでダサダサだったたろちんは劇的に変わった。(残念ながら顔も中身も変化なし)これまで恋愛対象じゃなかったものが外見でがっつり入るレベル。残念ながらそれは俺だけじゃなかった、ということだ。 あいつは中身は誰に対しても態度を変えない公平な男だ。 少し鈍いけど寛容な男だ。 見知らぬ困ってる奴に寝床を差し出しちゃうようなデンジャラスな勇者なんだ。 今頃わかったのかよ。 ダサい外見でだまされてたくせに。 見かけで判断していたくせに。 世間というのは本当に現金だ。 女と一緒のたろちんを見て思った。 そういえば今日休日の筈のたろちんは、朝からそわそわしていた。俺は早朝出勤の準備に追われていたから気もとめなかった。 あれはこういう事だったのかよ。 帰ってきてからも何も報告しないたろちんに腹が立った。 「ヒロ君、どうして怒ってるの?」 「別に怒ってない」 「なんで目を見て話さないの?」 たろちんに顔をむけて問う。 「俺に話すことは無いのか?」 「・・・?」 たろちんはきょとんとしていた。心当たりはないよとすっとぼけた顔をしていた。 「分からないんだったら、いい」 なんでなにも話さないんだ。これまで一緒にいた数年間はなんだった? 過去に俺から突然離れていったやつがいた。周りから流れてきた話だと女と結婚したそうだ。俺と女は同時並行だったらしい。その後接触はないからそいつにとって俺は黒歴史だったのかもな。 なんの学歴もなく、職も稼ぎも大したこともない。ちょっとだけ顔がよくて若くもないスレきった俺に、若くて子どもが産める女に敵うものか。見てくれや体面で俺は捨てられるんだ。ああこの陰性な性格も含めてだ。 「ヒロくん、今日なんの日か覚えてる?」 食事どきにたろちんが問うてきた。今日はたろちんがメインの食事当番でから揚げが山盛りにされていた。俺はサブ当番でつけ合わせと片付け係。 揚げ過ぎてしまったのか、から揚げは思いのほかぱさばさしていて、太るよなと思いながらマヨネーズをつけ口に入れようとしていた。 今日は誕生日でもないし、勤続祝いでもない。ボーナス支給日でもない。 そもそもうちの店にボーナスなんて大層なものがあったか? あったとしてもすずめの涙ほどの金額でボーナスと呼べないのでは? 流れる思考で答えないでいると、 「今日はヒロくんがうちに来て3年目でした! はい、お祝い」 たろちんから青い包みを渡された。中身は耐久性に優れたモデルの腕時計だった。 「仕事がら時計必要でしょ? あと詠美ちゃんが肌に触れる品で相手を束縛するんですね、素敵ですねって言うんだけど、意味がよくわからなかったよ」 いつも身に着けるものに相手の存在を感じることもあるけれど、この話の詠美ちゃんて子、なんか変な子の気がする。その子があの時の女の子なのかと安堵する。 「会社の庶務やってる詠美ちゃんにプレゼントのことを相談したんだ。詠美ちゃんは口が堅いし、ヒロくんのこと知ってるんだよ」 「お前、人に俺のなにを話してるんだよ」 「僕の好きな人とか付き合ってる人とか、かわいいとか、一緒に暮らしてる人って話してるよ。なにかいけないの?」 はあ? 普通葛藤するだろ? 差別偏見恐れるだろ。 「普通の人はさ、男同士ってだけで躊躇するだろ。しかも俺はすれっからしだし……」 「ヒロくんはそう言うけど、僕はヒロくん好きだし、大事にしたいよ。それに隠してたら誰かに取られちゃうかもしれないから、みんなにたくさん言いたい」 思わずたろちんの顔を見入ってしまう。自虐的や俺のネガティブをものともしない。踏んづけて粉々にしてしまう。 ふんと宣言するたろちんを前に思う。ふにゃふにゃなのに芯が強い。お前なあ、取られちゃうのはお前だろ。お前、顔はともかくいい男すぎんのよ。 「女の方が柔らかいし佳い匂いがするぞ、メシも俺よか旨いだろし、子どもも産んでくれるかも」 「ヒロくんは女の子としたいの? したの?」 たろちんの目つきがギロリと光った気がした。 「いや、し、したくないし、してない」 いつの間にかじりじりとにじり寄られ壁際に追いつめられた。なんで俺が逆に問い詰められてんだ。 「僕はヒロくんがいればいい。別に子どもなんていらないし」 「お前、年取ってから後悔するって。まだやり直せる。ほら、たまたま俺が最初だったからで、初めてみた雛が親と勘違いするみたいな、ニワトリとたまごみたいな関係……」 口をふさがれ、みなまで言えなかった。舌が口腔をねぶり口内の粘膜を甘噛みしてくる。口吻の水音は俺の性感を高めてくる。 巧くなったよなあ、最初は下手くそで歯をぶつけてたのに。手が俺の腹から上へ上がってくる。腹を撫でさすって首筋を吸われながら乳首いじられるのが俺の好みとしっかり学んでる。 ズボンに手を掛けたらと真っ赤になっていた初々しさは今いずこ。しっかり俺好みに育ってるよな。 「ヒロくんは僕を雛だって言うの?」 そういって乳首に歯を立てながら陰部に直接触れギュッと掴んできた。 「あ、うっ」 「雛がこんなことすると思う?」 息子をゆるゆると擦りながら胸の突起を舌先で嬲る。痛みの中に残る甘い快楽。ちゅぱと水音を鳴らされて恥ずかしい。 「僕はね、ヒロくんがエロ過ぎて、やりすぎて、他の人には何も感じないんだよ」 下から音や目線で煽られて俺もぐずぐずになってくる。 「バカ、俺はお前より年上ですぐにジジイになるんだよ、入れ歯フェラになるぞ」 される側として入れ歯無しフェラは気持ち良さそうで良いかもなあと一瞬頭を過った。ああ煩悩。 「ヒロくんならおじいちゃんになっても可愛いんだよ。別にセックスしなくてもいいんだ。一緒に居てくれるだけで嬉しいから」 「そりゃセックスはあった方がいいけどね」 俺たちは手早く服を脱ぎ散らかした。この熱が冷めないうちに。 唐揚げはすっかり冷めてしまったけど、俺たちはさらに仲良くなった。 俺は心地よい疲労と虚脱を感じながら三年間の感謝を込めて贈り物のお礼とチュウをした。
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