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「大丈夫かい、お話できるかい」
と、弁護人は優しく言った。子供が小さく頷くのを見て、弁護人は続けた。
「それじゃ、あの日見たことを間違えないように言ってくれるかな」
「うん。あの日、いきなりしらない人がいきなりうちに入ってきたの。ぼくはそのときトイレに入っていて、こわかったけど少しだけトイレのドアをあけて、せんめんじょにあるかがみをみたら、リビングでしらないおとこの人がお母さんのくびをしめているのをみました」
「どんな人だったか覚えてるかな」
「くろいふくをきたひと」
「顔は見えたかな」
「かおはみえませんでした。でもすごく大きい人。お母さんよりもお父さんよりも大きい人でした」
証言台に立つ子供は裁判長と弁護人を交互に見ながら、弁護人の質問に対してはきはきと答えていった。
「それじゃ、その男の人は何をしていったのか分かるかな」
「がさごそおとがきこえました、なにかをさがしていたみたいなおと。おとがしなくなったら、でていっちゃったみたい」
「男の人は何かを探してお家から出ていったんだね。その後ぼくは何をしたのかな」
「おとこのひとがおうちからでていってね、ぼくトイレでずっとないてたの。こわくてずっとトイレでないてたんだ。そしたらお父さんがかえってきて、またお父さんにだきついてないちゃったの」
「そうだね、怖かったね。もう一度教えてほしいんだけど、ぼくが見た犯人とお父さんは違う人だったんだよね?」
「うん、ぜんぜんちがう人だよ。お父さんならわかるにきまってるじゃん」
「私からの質問は終わります」
弁護人はそう言い終えると、ずっと目を伏せたままの父親を一瞥してから静かに椅子に腰を下ろした。父親は何も言葉を発しようともせず、また顔を上げて子供に視線を送ることもせず、ただただ地面の一点を眺めたままであった。
殺人の罪を問う裁判に漂うべき陰湿な空気が薄れているのは、雄弁に語る子供のせいであることは明らかであった。
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