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「お父さんはお母さんをころしていません」  そう証言台の上で証言するのは、5歳の子供であった。  被告は子供の父親、被害者は子供の母親、容疑は殺人。〇月×日午後5時頃、自宅にて何者かにネクタイのような布で首を絞められ殺されていたのを、第1発見者である子供が見つけた。  事件当初、殺された母親の財布からお金がなくなっていたことから、金銭目的による強盗殺人事件として扱われたのだが、物的証拠もなく、近隣住民の目撃証言もない状況で、捜査は難航していた。  そこで、第1容疑者として挙げられたのがアリバイのない父親である。小さな印刷会社を経営していた父親は、事件時刻、会社から取引先へ車を使って移動していたということだが、途中自宅へ立ち寄ることも十分に可能な時間があった。  動機については、痴情のもつれによる感情的な犯行、そして隠ぺい工作として母親の財布からお金を抜き取って強盗殺人に見せかけた、とみられていたが、捜査が進めていくにつれ、別の動機が浮かび上がってきた。父親の経営する会社の資金繰りが悪化していたこと、そして、母親に対して1年前から死亡保険をかけていたこと。これにより保険金目当てによる殺人が疑われ、起訴に至った。  また父親は、現在の会社を設立する前に3度、詐欺の疑いがかけられたことがあった。結婚詐欺2回、振り込め詐欺1回、いずれも和解により解決されていた。今回の事件とは直接的には関連のないことではあるが、裁判における心証を悪くしたのは事実である。  こうして弁護側の証人として証言したのが唯一の目撃者となった子供であった。子供は被告である父親の前妻との子であり被害者とは直接的な血のつながりはないが、被害者である母親には至極懐いていたのは警察の調べでも明らかであった。
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