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 空木優雨は美術部に所属していた。部員のほとんどを女子生徒が占めているこの部活の中でも、この男は違和感なく馴染んでいた。むしろ、私の方がこの場に不釣り合いだろう。 「アイさんはどうして美術部に入ろうと思ったの?」  世間話をするような感覚で、男は尋ねてきた。 「興味があったから」  何に、というところまで答えることはしない。私自身も、手渡されたスケッチブックに机上に置かれたカゴとフルーツの絵を描いていく。 「そっかぁ。絵を描くことが好きなの?」 「いいえ」 「えぇ……?」  困惑したような声を出しながら、男は私を見る。私は手元のスケッチブックから顔を上げて彼の方を見返した。 「こんなに才能があるのになぁ……」  私の手元を覗き込んだ男は、ぽりぽりと頭をかきながらそう言う。  スケッチブックには、描くように言われたカゴとフルーツをそっくりそのまま描いただけである。そう伝えるとまた驚いたような声をあげる。初心者とは思えないよ、とも漏らしていた。 「これくらい上手だったら、実際に絵を描いたらきっとすごい作品が作れるだろうなぁ」 「そんなことはないです」  間髪入れずに否定する私に男は戸惑いの滲む声をあげる。目を丸くした彼の蜂蜜色の瞳と視線が合う。そんな様子の男をそのままに、私は男が向かい合っていたキャンバスの方に視線を移した。  私には、“模倣”はできても、“創造”することはできない。  彼が感じ、描いているものを、同じように知覚することはできない。 「私のことよりも、あなたの描く物の方が気になります」 「えっ、……そ、そう、なの?」  その返答をすると、男は頬を赤く染めて視線を彷徨わせていた。何か変なことを言っただろうか。この男の考えを理解するために、彼の創るものを見て理解する必要があるだろう、との考えからの発言であったのだが。 「これは?」 「こ、これはね! 俺の見た風景の中で一番綺麗だったものを描こうと思ったんだ! それもただ景色をそのまま描き写すんじゃなくて、俺なりの表現を加えようとしているところでね」  急に饒舌になった男の説明するそれは、暖色系の色でぐしゃぐしゃに塗りつぶされたような、形容し難いものだった。  やはり、どうしても私には理解することは難しい。
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