1人が本棚に入れています
本棚に追加
5
その日の帰路。私達は以前と同じように展望台へ来ていた。周囲に人気はないところは同じだが、今は雨が降っており、傘を持っていなかった私は優雨と同じ傘の下にいた。
「それでアイさん、話って?」
不思議そうに優雨が尋ねてくる。今日この場所に誘ったのは私だった。あることを、伝えるために。
「私、優雨に伝えないといけないことがある」
声に出すと、いつも以上に硬い声が出た。私の発言に、優雨は何度か瞬きをする。
「優雨、あのね」
私の声で、優雨がこちらを見る。蜂蜜色を優しく緩めて、私を見つめ返していた。
この暖かさを享受できるのも、きっと、もう、
「もう、時間がないんだ」
傘を持っていた優雨の肩を突き飛ばす。突然の出来事に優雨は数歩よろめいてそのまま倒れ込んだ。さっきまで温かみを帯びていたその目を、信じられないものを見るような色に塗り替えて、私を見ていた。
残りは、あと一時間。タイムリミットはすぐそこまできていた。
雨は徐々に激しさを増していき、顔に、肩に、冷たい衝撃を与えていた。彼を見下す私と、座り込んだままこちらを見る優雨との間にも激しく雨は打ちつけ、私達のどうしようもない距離をまざまざと見せつけてきているようだった。
重々しい音を立てて、撃鉄を引き上げる。銃を構えた先で、黒々とした銃口が、優雨のことを見つめていた。
「アイ、さん……? どうして」
「……命令は、絶対だから」
私は、私の価値を証明するために、ここにいる。
だから、私は、優雨を殺す。
「……なんで、」
雨音でかき消されそうなほど、か細い声が優雨から漏れていた。
「ずっと一緒にいるって、言ったのに」
優雨の表情はくしゃくしゃに歪んでいく。裏切られた、と言わんばかりに。その顔を見ていたくないのに、目が離せない自分がいる。
「アイさんの、うそつき」
その瞬間、何を言おうとしたのか。言葉にならなかったそれは、私の口の中だけで響いた。
「──、んね」
指先が、訳もなく震える。さっきまでクリアだった視界は、何かで遮られたように曇っていった。頬を何かが伝っていく感触だけが、やけにはっきりと伝わってくる。機関部が、壊れてしまったかのように軋み始める。
これは、この不具合は、一体なんだというんだ。
「ごめんね、ゆう」
私には、何も、理解できなかった。
「ごめん」
もう、優雨の表情は見えなかった。
破裂音が、周囲にこだまする。
──瞬間、景色が暗転した。
最初のコメントを投稿しよう!