死神

　暗闇が全てを包み、静寂が支配する夜だった。
　男の枕元に黒く蠢く影があった。

　男は寝ていたが気配を感じて目を開ける。

　目の前には黒い影が一つ。
　突然のことで、驚きを隠せない。

「お、お前は？」
　震えた声でそう言うのが精一杯だった。

「ふ、ふふふ。俺は死神だ。」
　黒い物体は、低い声でそう言った。

「な、し…死神⁈」
　男は信じられない様子で何度も「死神？……死神？」と確認するようにブツブツ呟いた。

「どれそこのスタンドライトを点けてみろ。」

　男は自称死神に言われるがまま手元のライトのスイッチを押した。

　暗い部屋がオレンジ色の暖かい灯りに包まれる。

目の前の黒い物体にも明かりが当たった。

「な…し…死神！」
　男の目の前には黒いローブを着た髑髏が立っていた。

「だから死神だと言っている。」
　その顔は無表情な髑髏のため笑っているのか分からないが歯をカタカタと愉快そうに鳴らしていた。

「そ、それでお前は何しに来たんだ。」
　男はもはや、目の前の者を死神と疑わない。
「そこは死神が来たんだ察してくれ。」

「な、お…俺は死ぬのか？」
　男は分かりきったことを聞く。

「…だから察してくれ。」
　死神は察してくれの一点張りだった。
　男にしたらそんな簡単にお察し出来るわけがない。

「まぁ、どんな人間でも最初はそんなもんだ。どれ、おまえが納得するまで少し話でもするか。」
　そう言って死神は男の横へ座った。

　どうやら死神は男が考えているより、どうにも優しい奴らしい。ただ、男はこうも考えていた。
(きっと死神のことだ。俺が奴を信じたところで殺しにくるに違いない)

　絶対奴の口車には乗らない。
　そう決意して死神との会話に望んだ。

　だが、そう意気込んだ割に死神が聞いてくるのは、「最近調子どうよ？」だとか
「奥さんとはどうなのよ？」といった田舎にいるお袋が聞きそうな内容ばかりでなんだか拍子抜けしてしまう。

　男もだんだん死神と話していると心を開いていき、上司の悪口や最近残業続きなんだと愚痴った。それに調子を良くして、職場の後輩と不倫している話もついつい出てきた。

　もしかしたら、愚痴を言わせてこの世への未練を絶たせようとしているのか？
　……とも疑ったが死神は男の話を「へ〜」だったり「あぁ、分かる分かる。」 と親身になって聞いてくれるのでいつしか疑うことを止めた。

　気付いた時には一緒にビールを飲んでいた。
　こんなに美味いビールはいつ振りだろう。

　男も死神もほろ酔いになり気分が良かった。

　男は意を決して聞いた。
「なぁ、死神〜、今回は見逃してくれないか？」

　死神はそれを聞いて押し黙る。
「……」

「おい、死神？」
　男は残ったビールを啜り死神の表情を覗く。
　覗いてみても相手は髑髏だ表情を崩さない。

「なんだよ、やっぱり俺のこと殺すのかよ。愛してるカミさんだっているんだぜ。」
　男は酒が回り半ばヤケになっている。

　少しばかりの無言の後死神はやっと口を開いた。
「お前…もう死んでるぜ。」

「へぇ？」
　死神の言ってる意味が分からなかった。

「俺が死んでる？」
　男は自分の身体を触ってみせる。

「あぁ、お前は勘違いしてるようだが、死神は人間を殺さない。ただ、魂を回収するんだ。だからほら、鎌なんて持ってないだろ？」

　確かに目の前の死神は黒いローブを着て、髑髏を覗かせているが、よくイメージする鎌を持っていなかった。

「それに最初、俺がお前になんと言ったか覚えているか？」

　男は酔った頭で思い出す。

確かあのとき……

「あ…察してくれって。」
　そう、死神は男にそう言っていた。

「そんな、俺はもう死んでる？」

「あぁ。」

「なんで？」

「お前会社の後輩と不倫してるって言ったろ。それ奥さんにバレてたみたいだ。」
　それを聞いて男の酔いは一気に覚めた。

「さっきカミさんを愛してるって言ってたが、伝わってなかったな。殺されたんだよお前。」

　死神は畳み掛ける様に続けて言う。

「お前の言う所の死神は、カミさんだったようだな。」

　男は唖然としていた。殺された？俺が？カミさんに？確かに不倫してたのは認める。負い目はあった、でも……たった一回でそんな……。

　最後に死神は青ざめている男を見ながら言った。
「お前の心中お察しするよ」