佇む少年

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1人の少年がぽつんと佇んでいた。 彼は真っ暗な中で佇んでいた。 煙の匂いが鼻をつく。 「ぼくちゃん。何をしてるの?」 女性の声が聞こえた。 「母さんを待ってるんだ」 「あら、そうなの。どこにいるの?」 「わかんない」 少年は女の方を振り返ることは無かった。 ただ前を見ていた。 「一緒に探してあげようか?」 「ううん、僕待つよ」 「でも…帰ってくるか分からないわよ」 「…そんなことないよ。帰ってくるよ」 「そうね」 少年はただ前を見ていた。 「お母さんとははぐれたの?」 少年は首を振った。 「出ていったの?」 少年は首を傾げた。 「わかんないよ」 「見ていなかったの?」 少年は初めてこちらを向いた。その目は閉じられていた。 「僕目が見えないんだ」 「…そうなの」 「うん」 少年はまた前を向いた。 「やっぱり一緒に探しましょ?」 「大丈夫だよ」 「心配だわ」 少年は何も答えなかった。 「じゃあ…一体何があったの?」 「お母さんが急に僕を抱きしめたんだ」 少年は表情を変えずに言った。 「真っ暗だから何が起きてるかは分からなかったけど、すごい音がしたんだよ」 「…そう。それで…?」 「急にお母さんが僕から離れたんだ」 少年は俯いた。 「急にどこかに行っちゃった」 「大丈夫よ。きっと戻ってくるわ」 「そうだよね」 あたりを見回すと、頭部の欠損が激しい女性の遺体が転がっていた。 「もし…お母さんがもう来なかったらどうする?」 「…僕は…ここにいるよ」 少年はなお前を向いた。 「約束したんだ。いつか僕は医者になって自分の目を治すんだ。 そして、青い空や緑の葉っぱ、黄色い蝶々に赤い炎」 「うん…」 「お母さんと一緒に見るんだ」 「あなたの名前は?」 「ルイだよ」 「ルイ。この世では見えないことがいい時もあるわ。真っ暗な世界に閉じこもる方がいっそ楽な時もあるのよ」 「そんなことない。お母さんは世界はとても美しいって言ってた」 「…ええ…きっとそうね」 瓦礫の山の中、遠くに広がる真っ赤な戦火に照らされ、少年と女は佇んでいた。
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