去りたい女

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 私、闇の中を漂っている。ここは、どこ?  私はこれまで、地上や水中に住む生き物たちの長所や自然の現象を、生まれてくる子どもたちに積極的に取り込んだ。今回は、光り輝く子どもが欲しくて、それだけ考えて、炎の赤児が高熱を発することなど頭から抜け落ちていた。  「君は馬鹿だなあ」  あの人がそう言うことが、初めて心にしみた。  三歳になって突然消えてしまった最初の子どもを思った。  「俺たちはまだまだ、この星に必要なものを生み出さねばならないミッションがある」  彼がそう言って、私はそれに従った。私たちは、たくさんの子どもを生んだ。  先日産んだ子どもが炎の赤児だ。  彼の好きそうな美しい外見であれば、私が彼らを思うように、彼も子どもたちに接してくれるのかも……と期待して腹に宿した子どもだった。  その子は外気に触れたとたん、炎で(へそ)の緒を切って私に飛びついてきた。……痛みにも似た熱を私はまとい、自分の皮膚の焼け(ただ)れる音と匂いがした。  ――お前はここにとどまるか?  どこからともなく声がして目を覚ました。  私は葦舟の中に身を横たえていた。それで、自分の身に何が起こったのかわかった。しかし、私の皮膚には、炎の赤児に焼かれた痕は残っていなかった。  ――ここに来たる者は何者にもなることができる。ここにどどまることもできる。去ることもできる。  「何もかも忘れたい」  ――ここにいる間は、お前の持っている記憶は一切消えることはない。むしろ、何もかもが手に取るほどに明らかになる。……しかも、男が一人お前を追って来ている。  身を起こし、私は声に対してこう答えた。  「最初に生んだ子どもに会いたいです。もしや……ここにいるのではないですか?」  ――すでにここにはおらぬ。どこに行ったのかは明かせない。明かしたところで、お前もそこに行けるかどうかはわからない。それでも、去るか。  やはりそうだったのだ。足の立たなかったあの子が、少し離れた洞窟の川までひとりで来ることなどできないのだから。何も証拠はないが、子どもたちのことは私には〝わかる〟のだ。  「もう、彼には会いたくない……」 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――  結婚?   するつもりないよ。  第一、出産恐い。  何より、男には興味がない。  ――両親も数年前から結婚ということは口にしなくなった。もう、孫を抱く望みがないことがないことも大きいであろう。粘り勝ちだ。  友人たちにも適当にごまかして、決して本心は明かさない。いや、明かせない。  不思議な姿形をしているかわいいぬいぐるみを抱けば幸せ。――彼らは、鋭い歯や爪で私を噛んだり、ひっかいたりもしない。黙って私を見つめていてくれる。  だから、誰も私を叱ったりしない。  ――叱る? 何で? 一体誰が?  いつも〝もう一体〟足りないような気がして落ち着かない。その一体は、ほかのぬいぐるみとは違う一体であるのが漠然とわかるが、どうしてそんなことを思うのか、まったくその理由のわからない自分自身が、不愉快に思えてならなかった。
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