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仮病じゃ無いです
3限目。
数学の授業。
俺は保健室のベッドの上。
安っぽくて硬い枕に頭を乗せてぼんやりしていると、不意に上からにゅっと覗き込まれて心臓が跳ねた。黒縁眼鏡の綺麗な顔。俺の大好きな、センセー。
「またサボりか。単位落とすぞ」
「サボりだなんて人聞きが悪いなぁ。マジで頭痛いんスよ。頭痛が痛い」
「今から国語の補習受けてこい」
そう言ってセンセーは自分の机に向かった。もっと構って欲しくて、俺は起き上がってそろりとその背中に近付く。つんつんと白衣をつつけば、はぁ、と大袈裟な溜息を吐かれた。
「元気じゃないか。今からでも授業出ろ」
「数学はセンセーに教わりたいな。センセー、理系でしょ?」
「そうだが断る」
「ケチ」
「うるさい。体調不良の嘘は次からは禁止だからな」
「……嘘じゃないっス」
本当なんだ。
頭が痛いのは嘘だけど、センセーのことを考えたら胸が痛くて仕方が無い。心臓がばくばく鳴って、痛くて、息が苦しくなって……。
治してよ、センセー。保健室のセンセーなんだから、俺のこと治療してよ……。
そんなことを考えていると、突然額に手を当てられた。突然のことに俺は硬直する。一気に距離が縮まって、あとちょっとでキス出来そうな距離。
頭の中が真っ白になった俺をよそに、センセーは涼しい顔で言った。
「ま、確かにお前はいつも顔が赤いな」
「……っ!」
「でも、熱は無い」
「せ、センセー……」
センセーはにやりと笑う。
「こうなる原因に心当たりは?」
「あ……」
「場合によっては病院に連れて行く。もしくは……」
俺の耳元でセンセーが囁く。
「ここで、治療しても良いが?」
「センセー! 俺、今から授業出ます! 行ってきます! さようなら!」
心臓が爆発しそうなくらいばくばくと鳴っている。俺はセンセーから逃げようと後ろに下がった。だが、センセーの長い腕が伸びて来て、俺は簡単に捕まってしまう。
「ひえ!」
「保健体育の授業なら教えてやっても良い」
「せ、セクハラ!」
「ちょっと期待してここに通ってるくせに?」
「な……!」
バレてる。
俺の気持ち、センセーに筒抜けだ……!
変な汗が頬を伝う。
センセーは、ふっと笑って俺の頭をぽんぽんと撫でた。
「そんな警戒するなって。嘘だから。生徒に手は出さない」
「け、警戒なんてしてないっス!」
「ふーん」
「でも、俺はまだそういう経験無いから……だから……」
「ん?」
「そ、卒業したら、教えて欲しいなって。その、保健体育……」
「……」
センセーは俺の言葉を聞いて目を丸くした。けど、すぐににやりと笑う。
「分かった。待っててやる。だからこれからはサボらず授業を受けること。そして、無事に高校を卒業すること」
「り、了解っス!」
「ほら、ならさっさと授業行け」
センセーの言葉に頷いて、俺は保健室の扉を開けた。
出て行く前に振り返り、センセーに訊く。
「時々、会いに来ても良いっスか?」
「良いよ。また放課後に来い」
また心臓が忙しなく跳ねる。
次からはひとつの嘘も無くセンセーに会える。そう思うと、俺の心はとても温かくなった。
センセーとの約束を守るべく、俺は駆け足で教室に向かう。近くて遠い卒業式の日が、今から楽しみで楽しみで仕方が無かった――。
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