第一章

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 今の私にはとてもそんな勇気はない。  保科先生との繋がりは、私の出身高の合格発表の日の前日の電話。そして、当日、高校生の私と、中学生の合格発表に来た先生として再会するというものだけだった。 「元気ですか?」 「元気です」 「高校生活は楽しいですか?」 「それなりに」  二度交わされた短い同じ会話。  高校三年の時は、中学生の合格発表より先に卒業したので会えなかった。その代わり、電話があった。 「佐倉も高校卒業ですね」 「はい」 「大学は決まりましたか?」 「先生はがっかりするでしょうが、浪人が決まってます」 「そうですか……」  高校生の私はできる学生ではなく、平均より下の学生だった。私は浪人することを家族にも保科先生にも申し訳なく思っていた。 「高校は入って良かったと思えましたか? 貴女は確か、受験前、高校でやりたいことはない、目標もない、と言って泣いていた時期がありましたね」  私は保科先生の問いに驚いた。 「先生……。覚えていたんですか?」 「ええ。貴女は成績はいいけど、目の離せない不安定な学生でしたからね」 「不安定……」  先生から見たらそんな感じだったのか。 「今の私はあの頃の私よりさらに自信がありません。……高校生活は私なりに頑張ったと思いますが」 「勉強以外でもいいんですよ。貴女が頑張ったというのなら、誰も貴女の高校生活を否定はできません。来年、受験頑張りなさい。貴女の目標のために」  私の頬を涙が伝った。 「はい……」 「時間があれば会いに来なさい。激励ぐらいはできますよ」 「ありがとうございます」  けれど、私は保科先生を訪れなかった。  予備校に通い、必死で勉強して、今の大学に入った後も。保科先生からの電話もそれ以来なかった。
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